こういう場合、ひとつ屋根の下で暮らすというのは、
喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか。

リビングでぼんやりとテレビを観ていると、風呂上りの蜜柑が入ってきた。濡れた髪をタオルで拭きながら、冷蔵庫の方へと向かっていく。
「棗、アイス食べへん?」
冷凍庫の引き出しをを開けながら、訊く。いらないと、呟くように言うと、がざかさと音をたてながら棒付きアイスを取り出した。引き出しを閉め、そのままこちらに向かってくる。
体ひとつ分のスペースを残して隣に座った。僅かな風圧と共に届くボディソープとシャンプーの香り。目線を動かすと、薄いTシャツ一枚にホットパンツ姿でソファの背に身を預けていた。すらりと伸びた足を組み、アイスをかじっている。
「なん?アンタもやっぱり食べたい?」
こちらの視線に気が付き、アイスをかじったまま顔を向ける。別に、と無関心そうに顔を戻した。
「これ、半分食べる?」
・・・は?
再び顔を戻した。蜜柑は、食べかけのアイスをこちらに向けている。
「・・・・・・、」
少しの衝動が走る。指がピクリと動いた。すぐに掌を握り、やり過ごす。
「いいから食え。モタモタしてると、溶けて滴るぞ」
「わあ、ホンマや」 慌てて、溶けかかった部分を舐めている。
「・・・・・・・」

全く・・・勘弁しろ。いちいち身がもたない。

思わず蜜柑の手ごと掴み、引き寄せようとしていた。それは自分の意思をも無視して動き出そうとしていた。しかしこんなことは、別に今日に限ったことではない。
時として訪れる、蜜柑の無防備な行為。最近は我慢がきかなくなっている気がしてならない。いつまでもつのか。いや、・・・何としても、もたせなければならない。
だが。
いつの間にか感じる蜜柑の二の腕の感触。隣にぴたりと座っている。
まただ。誰かに触れる癖。内心で盛大なため息をつく。これは何かの罰ゲームかもしれない。

この年で、どうしてここまでの思いをし、欲を抑えなければならないのか。
早熟と言われればそうなのだろうが、あまりに酷すぎる。
抗議しなければ。そう思う反面、どこまでも反抗的な自分もいる。
このままでもいいじゃないか、彼女と触れ合っていられるのならと。

それでも精一杯の理性をもって口を開きかけた時、蜜柑の腿に、僅かに残ったアイスが滴り落ちているのが目に入った。とうの本人の顔を見れば、何かを真っ直ぐに見ている。その目線を追う。テレビだった。画面には、・・・キスシーンが映し出されていた。

「・・・・・・・」

すると蜜柑が腕を掴んできた。再び目線を戻す。頬がうっすらと赤い。
ピンク色の唇を少し開け、ふうと吐息をついた。

その色気ある仕草に、
・・・手が、動いた。

棒にはもう、アイスは残っていない。

肩に腕をまわした。蜜柑が顔を向ける。
「、」
彼女が言葉を言いかけたとき、顔を近付けた。

自身の中で、強く留っている理性という名の箍(たが)。
感情が大きく波打つ。
「・・・・・・・・、」
――― こんなことは、

「・・なつめ?」

蜜柑のかすれた声。

鼻先があたりそうなほどの距離。そこで、止める。

「・・・・・・・、」

すぐに腕を放し、顔を背けた。

「・・・バーカ。本気にすんな。もの欲しそうに画面観てんじゃねえ」
「な、アンタ、からかったん?」
「ふん、当たり前だろ。アホらし」
「なんやて、・・って、何で年下のあんたにっ」 少し怒っている。
「せやけど、よかった」 声音が変わった。
「・・・・?」
蜜柑は満面の笑みを浮かべていた。
「ウチ、アンタとキスするわけには、いかんねん」

・・・あたりまえだ。法律上は、姉弟だ。いちいち言うな。

「好きな人おるから」
「・・・・・・」
――― なんだって?!


爆弾発言。


体中の血が、騒いだ。



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