秋の空気が澄み渡り、さわやかな青空が広がる午後。
室内は、カーテン越しに射しこむ光の心地良い温かさで満たされ、まどろみへといざなわれる。
そう、いつもならとうにそうなっている。
だが今日ばかりは、

「日向君、続きを読んでください」

教師に指名され、立ち上がる。別に機敏になる必要はない。普通でいいのだ。いくら後ろが気になっても。

「曲尺というのは、直角に曲がった物差しのことだ。それを使うと、・・」

教室に響き渡る、変声期を迎えた低い声。クラスの女から、後方にいる母親たちから、静かな嬌声が上がる。これはいつものことだ。自身には到底理解出来ないが、ある女子生徒曰く、この声は殺傷能力があるほどの美声らしい。
くだらない。しかしそう思う反面、あいつはどう思っているだろうか、と考えてしまう自分がいる。全く。近頃の自分は、こうしていつも知らず知らずのうちに、あいつの感情を追ってしまうのだ。それは殆ど、病に近い。

教師の制止とともに、席に座る。何気なく後方に目をやれば、あいつもこちらを見ていた。
いつもの馬鹿面で微笑み、小さく手を振っている。
「・・・・・・」
そっけないふりをして、前を向いた。素直になんてなれない。
こんなにも・・振り回しやがって。



「棗、」

参観が終わり、廊下へ出ると、蜜柑が追いかけるようについてきた。
嫌そうなふりをしながら、振り返る。
「このまま終わりやろ?一緒に帰れる?」
下ろした髪がふわっと揺れた。衣服がいつもより大人っぽい。フリルのついたブラウスにスカートをはいている。 高校生のくせに、
・・・何のつもりだ。
「来なくていいって言っただろ」
「せやけど、母さんが来れないんやから、ウチが代わりや。アンタが授業受けてるとこ見てみたかったし」
そう言って、さりげなく手にふれる。軽く握り締めてきた。こいつの癖だ。誰かと話している時、こうやって相手の何かに触る。

「へえ、棗、自慢のねーちゃんといい感じじゃん」

同じく廊下に出てきた、クラスのやつが冷やかす。
「手なんか繋いじゃってんのー」
「うっせえ、黙ってろ」
相手を軽く睨みつけ、蜜柑の手を邪険に放す。彼女は、苦笑いをしながら小声でごめんね、と呟いた。
「先に昇降口へ行ってろ。後で、行く」
言いながら、背を向けた。
「うん、ほな、待ってるな」
「・・・・・・・・・」

そのまま振り返らずに教室へと戻った。喧騒が渦巻く中立ち止まり、蜜柑が握り締めた手を見つめる。

本当は冷たくなどしたくない。もっと、・・触れ合っていたい。傍にいたいのだ。
だがその箍(たが)を外した時、一体どうなってしまうのか。今は、ダメだ。早すぎる。

なんであいつは、・・・姉なんだ?

父親の再婚相手の連れ子。年は4つ上の16。昨年末から一緒に暮らしている。
屈託のない笑顔。じゃれあう体。彼女の甘い匂い。
何もかもが愛おしく、・・・どうしていいかわからないほどだ。この年で、こんなにも好きな女がいて、そんな自分に呆れ果てている。しかし抑えきれないほどに溢れでる想いは、もう止めることなど出来ない。

手を握り締める。

だから、決めたのだ。

たとえ姉だろうと、関係ない。
いつか、この手で。必ず、

墜としてやる。



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