東向きの窓から差し込む朝の光は室内を満たし。早春を迎え、寒々とした外気温の低さなど感じさせぬほどに温かい。 ゆるりと瞼を開け、隣を見れば、彼女の姿はもうない。 時計は、7時を過ぎている。

体を起こしながら、昨夜のことが頭を過ぎる。眠れないからと布団に忍び込んできた蜜柑は、すぐにスヤスヤと寝息を立てた。 しばらくは納得のいかない顔で、彼女を見つめていた。無防備な姉は、ある程度のことを予測して来ただろうことがわかるだけに、更に不満が募った。この両親の旅行中に限らず、何度か同じシチュエーションを体験し、その後のことなどお決まりの展開であるはずが、今日にいたっては肩透かしをくらった気分だ。 しらばっくれて抱いてしまおうかと思ったが、ぎゃあぎゃあ喚かれるのも面倒だった。仕方なく、少し開いた唇にキスをし、熱を押し込めるように目を閉じたのだ。


リビングに近付くと、ほんのりと朝食の匂いがした。
扉を開けると、蜜柑がキッチンに立っていた。制服にエプロン姿だ。
「おはよう」
向けられる笑顔は、眩しいくらい爽やかで。昨晩の不満など霧散させるほどだ。
だが目で頷き返して、彼女に近付いた。後ろから、抱きしめる。
「もう、朝から、何なん、」
少し呆れたように言うが、まんざらでもない雰囲気だ。フライパンの中からベーコンを取り出し、皿にのせる箸の動きを見ながら、蜜柑の横顔にかかる薄茶の髪に頬を寄せた。
「眠れねえとか言ってた奴が、フツーあんなに早く寝るか?」
蜜柑は、こちらに瞳を動かした。やはり言われたかという顔をしている。
「仕方ないやろ。その、・・・アンタの布団が暖かくて、寝心地がよかったんやから」
そう言って、瞳を戻す。
「へえ」
思い切り不服そうに言えば、彼女は両手に皿を持ち、こちらを振り向こうとした。抱きしめていた腕を緩めてやると、体を正面に向けた。すぐさま首を傾げるように顔を近付ける。
「だめや・・」
触れる寸前で止めた。
「んだよ」
不満を露わにすれば、彼女は困ったような顔つきをし、目を逸らした。
「考えてたんや。・・ずっと。やっぱり、こんなのアカン。ウチら、・・・こんなんじゃアカンねん。もう、終わりにせえへん・・・?」
耳を疑った。唐突すぎる。
「なに言ってんだ。今更だろうが。そんなことは、こうなる前からわかってたことじゃねえか」
「せやけど、今なら、今ならまだ、後戻りができるやろ」
「出来ない」
ぴしゃりと言った。
「棗・・・」
出来るか。後戻りなど。中学も2年の後半。思いを遂げたのは、半年前だ。やっとここまで来たというのに、何を今更。どれだけの気持ちを押し込めてきたかわからない、あの日々に戻れと言うのか。
「ウチ・・・」か細い声。
「・・・・・」
「実は今、付き合ってほしいと、言われてるひとが、おるんや・・」
「・・なんだって?」
眉間に皴がよった。剣呑になっていくがわかる。
「その人とのこと真剣に考えてみよう思うてるんや。せやから・・、」
蜜柑の瞳が切なく揺らいだ。今にも泣き出しそうな表情だ。
そんな顔で、おまえは・・・、
「認めない」
強く言い放った。
蜜柑は首を左右に振る。皿を持つ手がかすかに震えていた。
「棗、・・・わかってや。ウチらは、どうあっても結ばれてはアカンかったんや。昨日の夜は、・・最後のつもりで、」
「黙れ、・・それ以上言うな、」
怒りに任せて彼女の腕を強く掴んだ。

皿が、床にゴトリと・・、



「いたっ、何すんねんっ」
蜜柑の声に、はっとし、目を開ける。
「なつめ、放してや、」
制服を着た、蜜柑が覗き込んでいる。目を動かせば、彼女の腕を力いっぱい掴んでいた。
「痛いー、ちょ、放して」
直ぐに手を放した。すると、彼女は顔を顰め、腕をさする。
「早うしないと遅刻するで。珍しく起きてきいひんから、来てみれば、何か悪い夢でも見とったん?」
「・・・・・・」・・・夢?
「なつめ?」
まだ、ぼうっとしている。枕に頭を押し当てたまま、動けない。
「もう、急いでや。今年で小学校も卒業やろ。遅刻してる場合やないで」
言いながら、部屋を出て行く。

――― 小学校、
その響きに、漸く思考が覚醒していく。

「・・・・・」

・・・何だ、あの夢は。
ひどい夢だ。随分と関係が飛躍していたが、あまりにも後味が悪すぎて具合が悪い。
所詮夢など、訳のわからないものだが。

『好きな人がおるから』

衝撃的発言から一夜。夢見が悪いのはこれのせいか。

再び瞼を閉じる。

掌にはまだ、蜜柑の腕を掴んだ感触が残っていた。



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