心残りはひとつ

「抹殺だ」

暮れゆく住宅街の一角。
夕食どきにさしかかっているのか、人の姿は見当たらない。とても静かだ。
その静けさの中で言い渡された非情な言葉。残酷な響きをもったそれは、この穏やかなたそがれに似つかわず、いとも簡単に発せられた。
こうなることは、――・・・どこかで・・、
自問しながらペルソナを鋭い目つきで睨む。
すると彼はすっと、しゃがみこみ、オレの喉をぐっと掴んだ。鈴がちりりと揺れ動く。
前足の爪が、地面に食い込んだ。
「・・・く、」
首に、じわじわと力が込められる。
「これまで何人もの人間の苦悶の表情を見てきたが、まさか猫とはな」
ペルソナは冷たい笑みを浮かべた。
「やるなら、・・さっさと、やれ、」
「そう焦るな。楽しませろ」
「て、めえ・・」
首の骨が、軋む音が聞こえる。
常軌を逸したヤツの精神。これまでの過酷な状況が作り上げた、負の一面。
誰もが病み、最後にはこいつの手にかかり死んでいく。

最初から決まっていたことだ。一時の温もりに癒され、生きるなど、到底手の届くものではなかったのだ。やはりどうあっても運命は変えられない。
これで終いだ。
心残りなど・・・、

――― 蜜柑、

「いい表情(かお)だ」
目が霞んだ。だが次の瞬間、首から、ふっと力が抜け落ちた。ペルソナが手を外す。首を支えきれず、ガクリ、とうな垂れた。――こいつ、何を、
「どう、いう、つもりだ」
うまく呼吸が出来ない。
ペルソナは、くっと笑いを零した。
「おまえが苦しむ姿を、もう少し見ていたくなっただけだ」
「・・苦しむ、姿だと?」
「ああ、」立ち上がった。
それにしたがって、緩慢に顔を上げた。
喉の痛みが、半端なかった。


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