どんな過去、どんな姿、形でも

「クロ、おかえり、」
出た時同様、裏口のサッシの隙間から中へ入ると、蜜柑が淋しげな表情(かお)で、床にちょこんと体育座りをしていた。彼女の帰宅から遅れること約30分。思わず足を止める。
「今日は、お迎えに来てくれなかったんやね」しゅん、としている。
そんなことで、と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。この姿で喋ることはタブーだ。
歩を進め、そ知らぬ顔で蜜柑の横を通り抜けた。蜜柑は、表情を曇らせたまま目で追っている。
「・・・・・」・・・仕方ねえな。
再び足を止め、振り返った。蜜柑の傍に近寄ると可愛らしく、にゃあ、と鳴いてみせた。
すると蜜柑の顔つきが、ぱーっと、変った。驚いているような、喜んでいるような、複雑な顔だ。
「クロ、アンタ、そんな風に鳴いたの初めてやね」
ふわり、と笑った。腕が伸びて、胸に抱かれる。
「実は・・な。もしかして、アンタがいなくなってしまったんやないか思うて、すごく不安だったんや・・」立ち上がった。「この間久美が、飼い猫やないか、なんて言うから、・・・もう、心配のしすぎやな、なんてこんなことアンタにブツブツ言うたかてしゃーないけど」うふふ、と笑いながらリビングの方へ向かう。

心配のしすぎ―――・・・オレは恐らく、もう、

以前の暮らしとは比較にならないほど、穏やかな日々。
こいつから、蜜柑から愛情を注ぎ込まれ、あまりに心地が良すぎて、過去の自分などまるで他人事のように思えてくることさえある。
だがあの夢と、・・・ペルソナ。

「そや、クロ、イチゴ買ってきたよ。すごく甘そうなんや」

オレは恐らく、もう。
どんな過去を背負っていても、どんな姿、形でも。
こいつの傍を、
「一緒に食べよな」

・・・離れることは出来ないだろう。



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