彼の過去

銃弾が飛び交う夜の倉庫街で、警戒しながら身を隠していた。
もう弾は一発も残ってはいなかった。予期せぬ襲撃に手こずり、今はひたすら息を潜める。
ここで身軽になれば、この場所を突破するのは可能だ。
だがズキズキと胸が痛む。呼吸が苦しい。肩を過剰に上下させ、酸素を取り込んでも、息苦しくてたまらない。こんな状態で力を使えば、――― おそらくもう。
そのときだ。集中力を欠いた、一瞬の隙を突かれた。背後から迫り来る刃(やいば)に気がつくのが遅れた。
空(くう)を切る音、冷たい感触が背中を鋭く走り抜けた。振り返る刹那、肺から逆流する血液が口の中に広がった。ごほっ、と咳き込む。

『――― 棗!』

はっ、と、瞼を開く。
すばやく起き上がり、あたりを見回した。いつものベッドの上。
・・・夢・・、
部屋の中は、淡い夕暮れに包まれている。
大きく息を吐き出した。また、嫌な夢を・・、何度同じ夢をみている?
ベッドを飛び降り、時計を見た。
午後6時を過ぎている。蜜柑は、あと30分ほどで仕事から帰ってくる。迎えに出るのが日課になりつつあるこの頃、いつもの裏口にあるサッシの隙間から表へ出た。

外の空気は、気持ちがよかった。
先ほどの嫌な夢など、忘れさせてくれるほどに。
正直うんざりだった。いつまでもあんな記憶、いい加減に。
塀に飛びのり、その上を器用に歩く。
すると遠くに、見知った人影。――― 蜜柑だ。ホッとし、やや足早に進んだ。
「なるほど、やはりそういうことだったのか」
足を止めた。
「おまえはうまく命拾いをしていたってわけだ」
足音が、近付く。
「あの女のところで飼われて、だいぶ落ちぶれたな」

ゆっくりと、振り向いた。

「・・・ペルソナ」


inserted by FC2 system