美しい猫−mikan side −

クロを見つけたとき、胸が騒ぎ、助けなければと思った。
それは本能的なもので、理由を訊かれると、かなり困る。
一緒にいた久美は、死にかけている猫を必死で助けようとする自分を見て、さぞかし違和感を覚えたことだろう。
何故なら誰しもが、気の毒に、可哀想に、と哀れみ、祈ってやること以外何も出来ないと思わせるほど、瀕死状態にある猫だったのだ。

あの死の淵からの生還は、彼の生命力の強さだという以外何者でもない。
必死の看病の甲斐あって、と言えば聞こえがいいが、彼の、クロの生きようとする力が彼自身を蘇らせた。
日々、目に見えて回復し、元気になっていくクロを見ていると、あの直感はやはり間違いではなかったと思えてくる。彼は助かるべくして助かったのだ。自分は、たまたまその一翼を担ったに過ぎない。
けれど、いかに一翼と言えども、湧き上がる愛情はどうしようもない。
生き物を飼うのは子どもの時以来だった。手をかければかけるほど愛おしくなっていった。
クロは、綺麗な猫だ。
姿は端麗で身のこなしも品があり、瞳は珍しい紅で、宝石のように澄んでいて美しい。
時々、クロに見つめられると、ドキッとすることがある。不思議な感覚だ。
猫なのに、まるで人間に見つめられているような、気が付けば鼓動が早くなっているのだ。
クロが人間の男の子だったら何歳くらいだろうか、きっと半端なく美形に違いない、と何度思ったことか。これで愛想良しの猫だったら溺愛状態だろう、と、
そう、彼は決して愛想が良いとは言い難い。甘えてもこなければ、呼んでもそう簡単には近寄っては来ない。だからやや強引に抱き寄せたり、撫でたりするのだが。猫だから気紛れな部分が多いから、仕方がないけれど。

「クロ、おいで」
布団に入り灯りを消したら、少し淋しくなり、つい呼んでみた。彼はソファの上で丸まり、顔を埋めたまま無視。
「クロ、」
もう一度呼んでみた。やはり、ピクリとも動かない。
ため息をつき、布団を被った。もう、・・・クロのいけず。
だがそのとき、鈴の音が聞こえた。つい最近クロにつけた首輪の鈴の音。
それはコロコロと鳴り、近付いてくる。
足元が、ズシリ、と重たくなった。
思わず苦笑い。

もっと、・・・傍まで来て欲しいのにな。


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