もう一度与えられた生ならば

「クーロ、アンタ、ホンマにイチゴが好きなんやね」
「・・・・・・・」
「けど、猫がイチゴを食べるなんて初めて知ったな。猫といえば、ネコ缶やろ」
くしゃくしゃと頭を撫でている。
それを爪を隠した手で軽くパンチする。
「ごめん、ごめん、食事中にやられると、嫌なんやったね」
クスリ、と笑った。
その表情に一瞬目を留めた。だがすぐにまた爪を出しイチゴを器用に転がしながら、口にする。

あの、瀕死状態からひと月。
この女、――― 蜜柑の必死の手当で傷はほぼ癒えつつある。
あのまま死んでいくことは、ほぼ確定的だった。今だここで息をしている自分が信じられないときがある。
生死を彷徨っている間の肝心な記憶が、ほぼ抜け落ちていた。あの雨の夜、蜜柑に発見され、連れ帰られたときの記憶が殆どない。彼女が傷の手当をしながら、ひとり言のように語りだしたのを聞いて初めて、自分がどう助かったのかを理解した。
だから必死の呼びかけで目覚めたとき、何故目の前で知らない女が泣いているのか不思議だった。だがそれは同時に、生きていること実感する証でもあった。

「クロ、口の周りがイチゴだらけやよ、」
ひょい、と持ち上げられ、蜜柑のふくよかとは言い難い胸に抱かれる。おしぼりで、ひげを避けるように汚れを拭っていく。
ちなみにクロとは、与えられた名だ。
ネーミングセンスゼロ。全く馴染まないが、仕方がない。
「アンタ、身のこなしはクールで品があるのに、こういうところが無邪気というかなんというか」
「・・・・・・・」
悪かったな。
「そんなギャップが可愛いやけどな」
顎をくしゅくしゅと撫でられる。思わず目を細めた。すっかり、こいつのペースに馴染んでいる。

オレは、これから。
どうするつもりだ・・?
この女の、蜜柑のそばにずっと、

(棗、おまえは力を使いすぎた。だから、)

・・・もう一度与えられた生ならば。
これが必然ならば、
「クーロ、大好きや」 頬ずり。

・・・アリなのかもしれない。


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