訪れることのない未来のために

空はだいぶ白み始めていた。
門を出ると、うっすらと霧がかかる路地を、徐々にスピードをあげて走りだした。いつも仕事帰りの蜜柑を、迎えにでていたときに登っていた塀の上に飛びのる。ここを通るのも今日で終いだ。

先ほど漸く眠りについた蜜柑は、泣き疲れたのか、こどものような、あどけない顔で寝ていた。その頬に顔を近付け、別れを告げた。こんな形で居なくなれば、またあいつは自分を責めるかもしれない。
本当に、これでいいのか。
何度も何度も自分に問いかけた。答えなど、決まっているというのに。一時の別れの悲しみよりも、これからの蜜柑の幸せが大事なのだ。それなのに何故問う。人ではない自分に出来ることはもう何も、

足を止めた。
ひと、―――― 人に・・・、オレはもう、本当に戻れないのだろうか。
あの瀕死状態から、奇跡の生還。あれから一度も試したことがなかった。いくら傷が癒えたとはいえ、体内の機能は低下したまま戻ってはいない。現にこの姿になってからも、ときどき人であったときと同じようにひどく調子が悪いときはあった。
だから再び力を使うことなど、考えもしなかった。戻れないと思い込んでいた。そして力を使えば大きな代償が伴うことは避けられず、高い確率で命と引き換えになる可能性を示していた。

(――― クロ、ずっと・・・)

こんなことを・・・考えてどうするつもりだ。
またあいつの前に現れて、オレはおまえが飼っていた猫だと言うつもりか。
馬鹿な。
そんな戯言、誰が。
霧はすっきりと晴れていた。瞳の奥で、道の遠くから嬉しそうに駆け寄る、蜜柑の残像が浮かんだ。

(ただいま。いつもお迎えありがとな)

だがオレに。
蜜柑のもとを離れたオレに、これから何が残るというだろう。彼女のそばにいたからこその生に、一体何の意味を見出すのだろう。

ふたたび、急ぎ足で歩を進めた。
もう二度目はないだろう。
けれどまた奇跡を起こすことが出来たらなら。
あいつは、オレを見つけ出すことができるだろうか。


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