零れた涙は、夜にとけて

出逢ったことは間違いだったのか。
蜜柑の話を聞きながら、そんな言葉が何度も頭の中を過ぎっていった。

ヒトの姿でいたならどんな顔をしていたのか、恐らくひどく苦しげな表情を浮かべていたに違いない。今ほど猫であることに感謝したことはない。
暗闇に慣れた瞳は、部屋の中の様々なものの輪郭をはっきりと浮き上がらせていた。それは蜜柑も例外ではなく、オレが目撃したあの光景を話し終える頃になると、溢れる涙は次々と流れ落ちて、鼻をつたい、枕を濡らしていった。
オレは、・・・ 蜜柑にこんな想いをさせるために、ここにいるわけじゃない。蜜柑への想いは深く、離れることなど出来ないと自覚していても、蜜柑をこういった状況に追い込むために傍にいるのではない。あんな男とはいえ、蜜柑にとっては大事なやつなのだ。それをオレが原因で、こんな風に終わらせることは到底容認出来ない。

ただ、笑っていて欲しいだけだ。何度もそう思ってきた。
オレはいい。このままの姿で、いつか大きな苦しみが訪れたとしても、そんなことはどうでもいいのだ。蜜柑が幸せであればそれでいい。だがこのままでは、これから先もきっと同じことが起こる。ペルソナも手を緩めない。

「クロ、ウチね、」
蜜柑は布団から手をだし、流れる涙を指で軽くぬぐった。
「あのひとと、あんな風になったことは不思議とあまりショックやないんよ」
彼女はゆっくりとまばたきをした。また一粒の雫が流れ落ちる。
「ショックやったのは、・・・アンタを否定されたことなんや。大切に思っているのに、あんなひどいことを、・・・悲しくて悲しくて、ホンマ、どうにかなりそうやった」
目を細めた。・・・ そこまで。
やはり、あの日あの時、オレを見つけたことは間違いだったのだ。こんな猫に関わったばかりに幸福を逃していく。そんなことがあっていいはずがない。
・・・潮時。

ふたたび顔を近づけ、舌で涙にふれた。
蜜柑の手のひらが、何度も背を撫でていく。
「クロ、・・・ウチはアンタに恋してるんやろか」蜜柑は泣き顔で小さく笑った。「おかしなこと言うてるってわかってるんやけど、・・・それくらいアンタを想うてる。だから、ずっと、そばにおってな」

恋・・・・ずっと。

その言葉は、痛いほど悲しい響きだった。


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