月のない夜

ぼんやりとした薄暗い外灯が続く路地を、懸命に走った。
先ほどまでいた不夜城とは真逆の、いつもの住宅街。蜜柑はもう、とうに帰っているだろう。休まず走り続けたが、遅いくらいだ。

自宅の外塀にさしかかると、そこに飛びのり、庭へと降り立った。灯りはついていない。
家の外壁沿いに進み、いつもの裏口へと向かった。中へ入ると、蜜柑の気配はなく、静かすぎる空間が生み出す独特の音が耳に響いた。その不快に感じる音をやり過ごそうと、居間の方へ歩を進めた。暗い部屋の真ん中を横切り窓際へ進むと、レースのカーテンの隙間から月のない空を見上げた。今夜は新月なのか、瞳に映るのは、うっすらと輝く星たちだけだ。
―――― 蜜柑、

先ほど、あの決して高くはないビルの屋上から見えた、蜜柑の姿。すぐにあの場所よりも更に低い、隣の建物に移動した。そして夜目がきく、この眼差しが、大通りの向こう側の歩道にいる彼女をはっきりと捉えた。
蜜柑は、大勢の人間が行き交う中を急ぎ足で進んでいた。そのすぐ後ろにはあの男がいた。けれど、ただ後ろに付いていたわけではない。何度か強引に蜜柑の腕を掴み、その度に大きく腕を動かし振り払う蜜柑。逃げるように背を向けても執拗に追いかけ、たまりかねた蜜柑がついに振り向きざま、男の頬を叩いた。周辺を歩いていた人間が一瞬騒然となり、対する男は微動せず、蜜柑の前に立ったままだった。
蜜柑は、そんな男に何か言葉を発した。そしてまた走り出した。男は、今度こそ追うことはなかった。
しかし、―――― 目を疑う光景はこれだけではなかった。何気に動かした視線の下。こちら側の歩道、オレがいたビル側の歩道に、ペルソナが立っていた。
蜜柑たちの様子をじっと、見ていた。途方もなく嫌な予感がした。ヤツは一体、
そのとき、ふと気配を感じた。玄関の方へすばやく向かうと、扉の鍵穴に鍵を抜き差しする音がし、次いですぐにドアが開いた。
「クロ、」
蜜柑はオレの姿を見つけると、驚いたような声をだし、すぐに灯りをつけた。
そして、
「ただいま、遅くなってごめんな」 ふわわん、と笑い、頭を撫でた。
その表情は、――― 瞼が腫れ、目が充血している。・・・泣いていたか。
思わず、にゃあ、と小さく鳴いた。

すると、蜜柑の表情がこらえきれず悲しく歪んだ。
目頭に、どっと涙が溢れだした。



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