大好きでたまらないの。-mikan side-

あの日、彼が来た日以来、クロは以前にも増してウチとの距離を置くようになった。最初は気のせいだろうと思った。もともとそんなに懐いてくる猫ではなかったし、気まぐれな性分である生き物だから、こちらの思うようにはいかないだろうと。
けれどそれは気のせいではなかった。
抱き上げようとすれば身を捩り抵抗し、撫でようとすれば、すぐにどこかへ行ってしまう。
いつも窓際に座って空を眺め、どこか遠くを見ている。昨日に至っては首輪の位置を調整するため触れようとした刹那、わずかに爪を出され引っ掻かれた。そんなことは今まで一度もなかったから、とてもショックだった。
それでも帰宅のときだけは、いつもかかさず迎えに来てくれている。毎日家が近付く距離になると、来てくれているだろうかと不安になり、姿を見つけると、泣きたくなるほど安心するのだ。

一体クロに何があったのか。
そもそも彼が来る少し前、家に戻ってきた後から様子が違っていた。何かを考えこんでいるような、猫なのに、まるで人間みたいに、・・・人間。
何度も何度も感じていた。クロは、とても人間に近い。仕草や雰囲気が、猫とは思えないときがある。まるで何もかも理解しているような、とにかく不思議な感覚だ。たんに賢い猫だと言えばそれまでかもしれないが、何故か猫だと断言してしまうことに抵抗を感じるほどだ。
だから、考えてしまう。
クロはやはりどこか行くべきところがあるのではないかと。例えば、以前どこかで特別な躾をされていて、彼の環境に合った場所、帰る場所があるのではないかと。
手放したくはない。絶対に。けれどいくら自分が溢れんばかりの愛情を抱いていても、クロが幸せでなければ意味がない。彼が、心から幸せだと感じる場所でなければ。


「クロ、ご飯」
いつものように窓際に座り、外を眺めているクロの傍に皿を置く。クロはこちらをチラリと見ると、すぐにまた窓の方へ顔を向けた。
「ねえ、・・クロ」傍にしゃがんだ。「アンタ、どこか帰りたい場所があるなら、帰っても・・・ええよ。アンタが、幸せでいられるところがあるなら、ウチは・・・、」
言葉を続けられなかった。
潤む目をこらえ、クロの後ろ姿を見ていた。

辛い。こんなことは、絶対に言いたくはなかった。

だがそのとき、クロがこちらを振り向いた。
その目に、表情に、はっとした。
淋しそうで、でもどこか優しげで、
そして、――― 言葉が、聞こえた気が・・した。

(バーカ、オレはもう、離れられねーよ。
・・・・おまえのそばから)

「クロ・・・」
思わず、クロをぎゅっと抱きしめた。
涙がこぼれた。
・・・大好き。


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