好きな女の恋人

インターホンの音を聞いたとき、咄嗟に嫌な予感がした。

「へえ、なかなか品のある、綺麗な猫だな」
しげしげと眺めるスーツ姿の若い男。なかなかの美形だ。
そしてこのセリフもアングルも、この間のオンナとほぼ同じだ。だが、見る目だけがかなり違う。あのオンナは珍獣でも見ているような雰囲気だったが、今度は・・・、そもそも今日、ここに蜜柑の男が来ることなど知らされていなかった。いや、普通飼い猫に対してそんな報告などしないだろうが。
よりによってこんな最悪の日に。
「なるほどな、オレとのデートをすっぽかしてまで必死に看病していた訳だ」
「あのときは、ごめん」
蜜柑は申し訳なさそうな顔をしながらオレを抱き上げた。
「すごくひどい傷だったんよ。でもすっかり元気になって」
「それはよかった。じゃあ、これからは、」
男が蜜柑に顔を近づけた。これは、―― 体をよじり、蜜柑の腕から飛び降りた。隣の部屋へ駆け込む。
「クロ、」
蜜柑の声が追いかけてきた。
「なかなか気が利くね」
「気が利くって、もう、クロの前であかんって」
「あかんって、おまえ、なんで猫に遠慮しなきゃならないんだよ」
蜜柑が近寄って来た。ベッドの上ですばやく背を向け、体を丸めていたオレのそばに座る。
「何だか今日はいつもと様子が違う気がするんよ。だからちょっと心配で」背中を撫でている。
「猫とオレとどっちが大事なんだか」
徐々に近付いてきた男の呟くような言葉に、蜜柑がぶっ、と吹き出した。
「何わけわからんこと言うてんの」
「今のオレは、猫に負けてるだろ」
「勝ちも負けもあるわけないやろ、全く、」クスクスと笑っている。

この男―――。
蜜柑に顔を近付けたとき、チラリとオレの方を見た。あの目が何を言っているのか、すぐにわかった。

『邪魔するなよ』

最初から見る目が違っていた。あれは猫を見ている目ではなかった。まるで人を見ているような、蜜柑がどんな男に心を動かされたのか、兎にも角にも気に入らないと言った雰囲気が漂っていた。
この男のどこに理解と優しさがあるんだ?
沸々と腹の底に溜まる、言い知れぬ感情。
『――― 感情がすすんでいくにつれ、どうにもならないその惨めな姿でいる自分自身に嫌気がさすだろう』
煩わしい。
黙れ。
振り切るように、傷みが残っている首に力を入れ起き上がった。
ベッドを降り、裏口へと向かう。
クロ、と呼んだ蜜柑の優しい声が、いつまでも耳にこだましていた。


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