Botan

モドル |

  続編 〜 彼らは、今  



昼間の蒸し暑さとは打って変わって、さっと爽やかな風が通り抜けた。
風が止むと、そのとたんにまた篭るような暑さが身体を包む。
流架は道端に咲いていた白い大輪の夕顔を見つけ、足を止めた。
長屋の方から子どもの声が聞えてきた。
「ねえ、これなあに?」
「これは迎え火よ。ご先祖様をお迎えしているの」
母親らしい人物が答えている。そしてまた幼い声。
「おじいちゃんとか?」
「そうね。おじいちゃんも、おじいちゃんのお父さんも、そのまたお父さんも」
お盆の送り火。回る灯篭。あれから何度も繰り返されてきた光景。
棗がいなくなってから、もう何年も経った。

今でも覚えている。
初めて出合った二人。
珍しく驚きに目を見開き、言葉を失くした棗。
病に冒された白い頬を紅潮させ、目を輝かせていた蜜柑。

彼らは、精一杯生きた。
彼らの時間こそ短かったかもしれないけれど、誰よりもしあわせな時を過ごしたのだと、今なら、そう信じられる。

流架は止めていた足を動かしだした。目的地は、もう、すぐそこだ。
一軒の長屋の入り口を叩いた。
「こんばんは。酒を持ってきたんだ。一緒に飲まないか?」
「おー」
軽い返事が返ってきてガラリと扉が開き、殿が顔を覗かせ、にやりと笑った。

棗、見てるかい?
僕らはこうして生きている。
これからも、君たちに負けないほどに、確かに生きていこうと思う。君たちに笑われないようにね。
いつか、ずっと先に、俺もしあわせをたくさん抱えた後で、あの世で君たちと出会うだろう。
その時は昔話をしながら、酒を飲み交わそうな。

ああ。楽しみにしている。

「え?今、何か言った?」
流架は思わず杯を落としそうになった。殿内が聞いていなかったのかよ、と舌打ちをする。
「だからさ、酒屋のお嬢さんの肌が白くてもっちもっちで柔らかくて」
「そうじゃなくて」
空耳だったのだろうか。
流架は女性談義を繰り返す殿内から、視線を逸らした。

風がまた吹き、窓辺の風鈴を鳴らす。他所の家の迎え火の煙が見えた。
そして、明るい彼女の笑い声がかすかに聞えた気がした。


END.



さわらさん、素敵な続編ありがとうございました!
それぞれが納得した、精一杯の生き方をする中で、数年後の流架の心境がとても優しく、想いに溢れていて、戴いた時はもう一目ぼれ状態でした。
心より感謝申し上げます!久野は幸せですvv


モドル |

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system