もうひとつの遠恋



理由なき寂しさ


「う、・・・わあ」

蜜柑は、顎を精一杯上に向けた。ガラス張りの大きなビル。30階以上はありそうだ。

――― ここが、棗の、

つい最近まで学園にいたというのに、もうこんな所で。
不思議な感じがした。棗は国にかかわる仕事に一切関心を示さなかった。当然といえば当然だが、民間の仕事に就くこと以外考えていなかった。
すると沢山の企業から、入社の話が相次いだ。初めから格段に待遇が違っていた。
そしてその中から、某財閥系グループの商社を選んだ。無論、エリートコースは保障されている。

「また、呆けてのかよ」
「せやかて、圧倒されてしもうて」

棗がやれやれと言った感じで、ビルの中へと入っていく。蜜柑もその後を、慌ててついていった。

かなり広いロビーだった。圧倒された。何uあるのか想像もつかない。
棗はそこを横断するように歩いていく。
受付の女子社員のひとりが棗に気がつく。驚いている。隣にいる同僚をつついて、教えている。棗が近付き、用件を話す頃には、二人とも傍目にわかるほど頬を染め、嬉しそうにしていた。
(―――・・そっか・・、ここでも、)
自分が動揺するくらいだ。世間の女の子が、ときめかないわけがない。
きっと言い寄ってくる女性は、数知れないだろう。
蜜柑は少しのため息を漏らしながら、再び見上げるようにあたりに目をやった。

棗は、どんなふうに働いているのだろうか。
ロビーには様々な人間が往来していた。このビルで働く内部の者や外部からの客も入り混じっている。 棗はそんな蜜柑の及びもしない世界で、沢山のひとを相手にしているのだ。
スーツ姿はきっと半端じゃなく似合っていて、颯爽としている様が目に浮かぶ。

「日向、」
会社の同僚らしき男性社員が近付いてきた。
離れているから会話は聞こえない。

――― どんな顔をして、
どんな話をして。
過ごしているのだろう。

自分の知らない棗が、
・・・・ここにいる。


書類を手にした棗が戻ってくる。受付の女子社員とあの男性社員がこちらを見ていた。 女子社員にいたっては、ふたり揃って顔を強張らせている。

「わるい」

蜜柑は、ほのかな笑顔で応えた。ゆっくりとかぶりを振る。

今日、最初に逢った時に始まり。棗の変わりように驚いて。
街を見て。
会社を見て。
彼はどんどんこの場所に馴染んでいく。
(――― なんやろう)
胸に広がるのは、言葉では言い表せない寂しさ。
置いていかれるような、感覚。
こんな気持ちになるなんて、ここへ来る前は想像すらしなかった。
棗に逢えることが、嬉しくて。
ただそれだけだった。
なのに、どうして。

訳がわからなかった。






2010-01-15(加筆修正)



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