「どうせまた来るんだ。こんなに買い込む必要なかっただろ」
帰りの駅のホーム。棗は両手に持っている土産の入った紙袋を見ながら、ブツクサと文句を言った。
「けど今度は、いつ来られるかわからへんし」
蜜柑はお土産を受け取ろうと、手を伸ばした。
「いつ来られるかって、別に来たい時にいつでも来ればいいだろ」
「そういうわけにもいかへん。アンタも忙しいし」
「・・・・・・・・・・」
棗は少しのため息とともに、お土産を差し出した。
あれから会社を出たあと食事をして、街の中や近くの観光地など、様々な場所へと出かけた。
学園から開放され、初めてごく普通に過ごした棗との時間は刻一刻と過ぎていった。
蜜柑はその間、抱いた不安と寂しさをやり過ごすことが出来なかった。皮肉なことに、このひとときが満ち足りていればいるほど、その複雑な思いは膨らんでいった。
棗は結局、最初から最後まで何も変らなかった。
久しぶりの再会を喜ぶわけでもなければ、口に出して嬉しさを強調するわけでもなかった。
彼はそんな感情を表へ出すタイプではないとわかっていても、あまりに変わらないその態度に蜜柑は、自分の心中にある想いとに温度差を感じていた。
逢いたくてたまらなかったのも、淋しくて仕方がなかったのも。
自分だけなのかもしれない。
だから、不安でたまらなくなる。
どんどん・・・遠くに感じる。
「もう時間や。・・あっという間やったね」
「日帰りなんかで帰ろうとするからだろ」
「うん、けど、じいちゃんが心配するし。初めは真面目に帰らんと。後々のことも考えとかんとな」
「・・・・・・・・・・・」
棗は、何かを探るように蜜柑を見つめた。この目は、昔から苦手だった。
本当はどちらでもいいように泊まる準備をしてきていた。けれど棗の前でこれ以上、複雑な想いを晒していることが嫌だった。彼のことだ、きっともうこの状態に感づいているだろう。今日だけはこのまま、何も訊かずに送り出してほしいと願う。
新幹線の出発を知らせるアナウンスが流れた。
「ほな、体に気をつけて、ちゃんと休まなあかんよ」
「おまえも、」 棗は、わずかに笑みを浮かべた。
「あちこちで呆けてんじゃねえぞ」
「失礼な、そんなん今日だけや」
蜜柑も笑いながら背を向けた。車内に足を踏み入れる。
――― 最後に、
訊いてみればよかったのかもしれない。
棗は、ウチに逢いたかった?淋しくなかった?・・・って。
後ろを振り向いた。
「----―---- 、」
扉が閉まる。
新幹線が、動き出した。それは何の抵抗もなく滑らかに走り始める。徐々に景色が流れていく。
あっという間にホームから遠ざかり、すぐについ先ほどまでいた街並みが現れた。
高いビルの間から見える空は、夕暮れを残しつつ漆黒へと移り変わろうとしている。
そのグラデーションと摩天楼との対比が鮮やかで美しかった。
それをぼんやりと瞳に映していた蜜柑の瞳が潤み、ぼやけていく。
両手に持った紙袋が、バサリと床に落ちた。
2010-01-15(加筆修正)