イケメンサンタの苦悩


その言葉を聞いた時、思わず飲んでいたものを噴き出しそうになった。
だが、あいつの顔が結構真剣だったから、それを何とか無理に飲み込んだ。


「ああ、今年こそは、サンタさんからプレゼントもらわな」


ある12月の休日。外へ出るのも億劫となったこの季節は、休みになると互いの部屋を行き来して、二人でのんびりと好きなことをして過ごすことが多くなった。今日も早々に蜜柑が宿題と雑誌を抱えて部屋へやって来た。そして頭を悩ませていた苦手な数学の宿題を一緒に片付けてやり、一息つきながらコーヒーを飲んでいると、隣に座る蜜柑がカップを両手で包み込んで、煌めいた瞳を空(くう)に向けながら言ったのだ。その横顔は子供のようで、いや実際も子供だが、冗談めいていない。
本気でねだっているような、そんな雰囲気だった。

「毎年かかさずプレゼントを置いてってくれてたのに。去年は学園に来た年やったから、サンタさんきっと、ウチが越したところがわからんくて、来られへんかったんやな。今年は迷わんように何か目印つけとこ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
・・・マジかよ。
それ本気で言ってんのか?
今までは、じーさんが置いていたんだろうが。去年の時点で、気づけよ。
こういう場合、どう声をかけてやるべきか。バーカ、んなもん今だに信じてんのかよ、なんて言うのは簡単だ。実際、喉元まで出掛かった。しかし何故だか否定してはいけない気がしたのだ。
それはきっと、
「今年は、でっかいぬいぐるみが欲しいんや。こう、抱きかかえられるような。白くて、触り心地がよくて、ふわふわしたクマのぬいぐるみが。せけやど、サンタさんのあの袋に入るんやろか、」
と、変な心配までしているせいで。
この年で、ここまで信じきっている奴も珍しい。国宝級かもしれない。だから面白さも手伝って、真実をいう気になれなかった。だが一方で、呆れとも、感心ともつかない妙な笑いが込み上げてくる。
「あ、なんで笑うんや?」
「別に、」
「もしかして、こんな年でまだサンタさんにプレゼントを貰おうとしてるウチが、可笑しいんやろ」
「・・・・・・・・」
内容の焦点がズレてはいるが、この際関係ない。本人が信じている以上、どう解釈されようが、もはやどうでもいい。
「可笑しくねえよ。それよりサンタクロースが来ることを祈っとけよ」
「・・・・、そやな」 ほんのりと笑った。「目印、何がええかなー」
「・・・・・・・・」
――― 幼児並みだな。

まあ、当日になればわかるだろう。サンタが誰だったか、そしてもう来ないということを。
落胆するかもしれないが、それも仕方がないことだ。
代わりにセントラルタウンで、同じものを買ってやればいい。

そうだ、それがいい。

・・と、思っていたはずなのだが。
何ら異論もなかったはずなのだが。
日増しに大きくなっていく、・・・ある想い。

『でっかい、ぬいぐるみが欲しいんや』

脳裏に浮かぶは、無邪気に笑い、信じて疑わぬあの姿。
否定しては、いけない気がしていたのではない。
出来なかったのだ。
普段なら迷いなく出る言葉も、今回に限っては口に出すことを拒んでいた。

当日にプレゼントが置かれていなければ、あいつはがっかりするだろう。
ここ数日間、そのことが頭の中を占めていて。
加えて、あいつの笑い顔を見るたびに、崩れた瞬間がシンクロしてかなわない。

・・・煩わしい。




「まさかそんなことを訊くなんてね、」
「こっちだって訊きたくて訊いてんじゃねーんだよ」

クリスマスを数日後に控えた、ある昼の午後。廊下ですれ違った今井を呼び止め、蜜柑が本当にサンタクロースを信じているのか尋ねたのだ。彼女は、いきなりの質問に怪訝な顔をしたが、すぐに何もかも理解したように言った。

「あの子がサンタを信じていたのは、前の学校でも有名だった。周りがどんなに否定しても、毎年キチンとプレゼントが置かれていたから、信じて疑わなかったのよ」
「じーさんだとは、思ってなかったのか」
「思ってないわね。恐らく。おじいさんには教えていない欲しいものが届くから、絶対に違うって。どこまでも能天気な子よ。ひとり言や、誰かとの会話からそんなことは筒抜けなのに」
「・・・・・・・・・・・」
内心でため息が零れた。
これは本格的に、・・・。
「おおかた去年は来なかったから、今年こそは、なんて張り切っているんでしょ?」今井が諦観したように言った。「それで放っておくべきか、悩んでいる」
眉をひそめた。こういうことをあえて口に出していうところが、苦手だ。
「やるしかないんじゃない?そんなに気になるなら」
「・・・・・・・・・・・」
顔を逸らした。嫌なところばかり突いてきやがって。
「棗君がサンタクロースだったら、・・・バレても、あの子、喜ぶんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・」

最後の方の言い方は、刺刺しかった。
だが、向けられた背中には、淋しさのようなものが感じられて。

複雑なのか、
自分の役割ではないところが。
今回に限っては、選手交代を願い出たいくらいなのだが。
―――― 『・・・・バレても、』
それだけは避けたい。サンタの存在を信じているからこその行動であって、知られたら何の意味もない。

クリスマスなんて、毎年どうでもいいと思ってきた。

しかし今年は、・・・・・ひと仕事が必要なようだ。




最初からきっと、こうなるだろうことは予測がついていたのかもしれない。
クリスマス当日、深夜。
暗闇の廊下をひっそりと歩くひと一人と、ほぼ同寸大のぬいぐるみが一体。
実に奇妙な組み合わせだ。
自分自身の行動を客観的に見て、非常に呆れていた。だが同時に好きな女にはここまでしてしまうのかと、冷静に分析する自分もいる。
それにしても。
この欲しいとねだったプレゼントの大きさには、正直げんなりしていた。
自分の身長とほぼ同じサイズの、大きなクマのぬいぐるみ。さすがに持て余すほどの大きさだ。
あいつがこれを抱えて寝るのかと思うとその辺に置き去りにしたい気もしたが、今は我慢だ。触れないでおく。
これを用意するのに、どれほど苦労したか。蜜柑に気がつかれないようにセントラルタウンへ行き、周囲の目をはばかりながら専門店で注文したのだ。そして自分たちが学園に行っている間にこっそりと部屋に届けてもらった。しかし、ただ部屋の中に置いておくわけにもいかず、クローゼットへとしまいこんでいた。おかげで中へ押し込んでいたものを出す羽目になり、蜜柑に不思議がられ、整理中だと誤魔化していた。
―――― ったく、なんでこんなにガサばるもん、
ブツクサと胸の内で呟き、隣の連れ合いに睨みをきかそうとした時、蜜柑の部屋の扉が見えてきた。ドアのノブに、・・・何かがぶら下がっている。
・・・目印。
------ みかんだ。網の中でひしめき合っている。
「・・・・・・・・・・・・・」
・・・・決定だな。
あいつは本当にサンタが来ると思っている。
これと同じものが、窓の外にもあるのだろう。

実は心の片隅では、本気でサンタが来るなんて信じちゃいないのでは、と思っていた。
しかしこれはもう、完全に感服だ。
乾いた笑いが込み上げる。

ノブに手をかけた。ぶらさがっているみかんを外す。
だがその時、突如内側からドアが引かれた。
―――― な、
不意打ちだ。
みかんがバラバラと落ち、廊下に転がる。
ぬいぐるみがゆっくりと傾いでいく。
「わ、・・・わあ、やっぱりや!」 嬉々とした声があがる。
「・・・・・・・・・・、」
「何や来てるような気がしてたんや、覗いて正解や。今年は迷わんと届けてくれたんやな」
強く抱きしめている。
「もう、・・・めっちゃ嬉しい」
――― いいから、頼むから、とっとと中に入れ。
棗は、蜜柑の死角に入るように屈み込んでいた。彼女がこのまま後ずさりするように部屋へ入ってくれれば、見つからずにすむ。
「やっぱり目印が効いたんやな。そや、みかん持っていってくれたんやろか、・・・・・ん、転がって、・・・・・」
蜜柑は、ぬいぐるみを室内に入れた。
だがすぐに顔を出す。
「---------- 、」
-----―― 終わりだな
「・・・・・・、な、棗、」
ドア脇の壁に身を屈めていた自身を見て、蜜柑が驚きの声を出す。
「ビックリするやろ」
「静かにしろ、近所迷惑だ」
「せやかて、アンタ、何して、」
「・・・・・・・・・、見りゃわかるだろが。みかん、拾ってんだよ」 
「そりゃ、そうやけど、なんで・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」
立ち上がった。疲労がどっと押し寄せる。もう、どうでもいい。
「眠れねえから、歩き回ってたんだよ。そしたらおまえの部屋の前に妙な物が転がってるし、どデカイぬいぐるみは置いてあるしで、もしかしたらって思ったんだよ」
言いながら、みかんを手渡す。
「そうなんや、偶然やな、」 受け取りながら、ふんふんと頷いている。
「・・・・・・・・・・・・・」
・・・これで、言い訳がたったのか?
「それにしてもサンタさん慌ててたんやろか、みかん持ってってくれたらよかったのに」
「どうでもいいじゃねえか。欲しいもん届いたんだろ」
すると蜜柑は、満面の笑みを浮かべた。
「うん、見て見て、」
手を引かれ、部屋に入った。
ベッドの脇を背にして座る、ぬいくるみ。この部屋では、かなり手狭になるだろう。あまりにも存在感がありすぎる。
「もう、こんなのが欲しくて欲しくてたまらんかったんよ。サンタさんに感謝や!」
持ち上げ、再び抱きしめている。
――― このクマ、当分はやっかいだな
心の中で毒づいた。するとクマの目が光ったような気がした。森に住んでいる凶暴グマを彷彿させる。
「なんや、棗、怖い顔して」
「いつもこんなだろ」 
「そう、・・・・やろか」
蜜柑が首を傾げた。
「戻るぞ」 踵を返した。
「棗、」
振り向いた。すると蜜柑が飛び込んで来る。
「・・・・・っ・・・・、」
ふわりと揺れたネグリジェを受け止めた。
「ホンマは、心配で見に来てくれたんやろ」 肩に頬をすり寄せる。
「・・・・・・・・・・・・」
「ありがとうな。・・・大好きや」
「・・・・・・・・・・・」
―――― かなわねえな
もう、おまえがどう解釈しようがかまわない。

この小さな、頼りない体が、喜びに溢れているなら。

・・・本望だ。



翌日、蜜柑は今井にぬいぐるみのことを自慢していた。
今井は意味深な笑みを浮かべながら聞いていた。その様子から、昨夜の一部始終を見ていただろうことが察せられた。 そして自身を見るや、せせら笑うことも忘れなかった。

あれから蜜柑の部屋へ行くと、必ずあのデカイクマと目が合った。心なしか敵対心をむき出しにしているような気がしてならない。今にも右ストレートが出てきそうな勢いだ。
「なんや棗、また怖い顔して。このクマがどうかしたん?」
「いや、」 
「そや、あのな、来年は、このクマの色違いをお願いしよう思うてんのや」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

内心で頭を抱えた。
・・・・・・勝手にしやがれ。

ちなみに色違いなんて、売ってねえんだよ。
だから。

せめて、その子供にしとけ。



fin




どこまでも蜜柑に振り回される棗(笑)これも彼氏の特権でしょうかvv
みっこちゃん、お誕生日おめでとう!!これからも応援してるからねw


inserted by FC2 system