princess
指先で彼女の瞳と同じ色をした髪を掬った。
光沢を帯びたそれは、いとも簡単に指の間を擦り抜け、とり取り残された指先は、
また同じ所作を繰り返し、心地よい感触を味わう。

頬に一筋の糸がふわりと落ちた。
夢うつつの中で彼女は、くすぐったそうにほんのりと微笑む。

いつの間に、こんな大人びた顔になったのだろう。

色白の寝顔。ほんのりと紅に染まった柔肌は、肌理(キメ)細かい。
丸みを帯びていた輪郭はすっきりとし、本来あるべき姿を現している。
普段見せる表情も動作も昔と変わらずはつらつとしているせいか、
ここまで気付かされることはなかった。
そんなことを彼女に言ったならきっと、
「ウチかていつまでも子供じゃあらへん」 と、頬をふくらませるのだろう。
――― そうだな、
それだけは素直に認めてやろう。
けれど、どんなに成長しようとも、おまえは、

「・・・・ん、・・」
膝の上で、身じろぎする。ふたたび頬に一筋の髪がかかった。
それを除けてやると、瞼が細かく揺れ動いた。
「・・・、あ・・れ?」
「・・・・・・・」
「ウチ、・・・・」
僅かに顔を上向かせる。目が合った。
「う、・・、ええっ」
すっと、体を起こす。ぼんやりとした双眸が忙しなく瞬きを繰り返す。
「なんで、なんで?」
すばやく身を引いた。寝起きとは思えない早さで姿勢も正しくベッドの上に正座した。そして、
「膝に寝ていたのは、・・アンタやったよね?」
と、恐る恐る訊いてくる。
「目ぇ覚めたら、おまえも寝てた」
「だから、・・膝枕・・?」
「身体曲げて、今にも前に倒れそうになってたからな」
「・・・ごめん」 赤くなっている。
 
蜜柑は恥じらいを散らそうと髪を耳にかけようとするが、うまくいかない。
あの大人びた顔とは正反対の面持ち。自分の膝の上は平気でも、されるのは
気恥ずかしいのだろう。こちらにまで落ち着きのない心音が聞こえてきそうだ。
もう何年一緒にいるのか。
こんなところは、付き合い始めの頃と変わりない。

「疲れは、・・大丈夫?」 たどたどしく問う。
「だいぶな」
「ホンマに?よかった・・」
「膝枕が利いたんだろ」
「そ、そうかな、」
まだソワソワしていている。
「・・・・・・・」
――― ・・・しょうがねえな
いい加減に、
身体を蜜柑に近付けた。瞬時に変化した驚きの表情が瞳に映る。
それを見ながら背中に腕をまわし抱き寄せた。
胸の中にすっぽりと納まった華奢な身体。
寝起きのせいか、布越しに伝わる体温はいつもより高い。
そのまま逃げる前髪に口付ける。
「いい加減、慣れろ。こういうことのいろいろに」
「・・・、だって、」
「だってもへったくれもねえよ。何年経ったと思ってる」
「ウチ、・・どのくらいアンタの膝の上に寝てたんやろ・・?」
「一時間くらい」
「い、一時間?」
驚愕の声が耳の奥を刺激した。思わず顔をしかめる。
だが当の本人を見れば、羞恥のあまり顔を上げられないのか俯いたままだ。
「そんなに動揺することか」
「だって、」 またこの接続詞。
「なんだよ」
「アンタの膝の上や、よ?なんや信じられへん・・・」
「・・・・・・・」

本当に、・・いつまで経っても、
まあ確かに。こんなことを他のやつらが知ったら同じような反応をするかもしれないが。

小さく吐息をつきながら腕の力を緩める。すると蜜柑がゆっくりと顔をあげた。
まっすぐに絡んだ視線に、彼女の唇が小さく震えた。
「蜜柑・・・・」
落ち着いた声音で名を呼び。
指先をこめかみに滑らせ髪を撫でれば。
瞼が、ゆるりと閉じられていく。

どんなに成長しようとも、おまえはおまえで。
けれどいつまでも成長できないところも、おまえで。

そんなすべてを、

愛おしく・・・・思う。



fin



(2010.2.6 加筆修正)




Thank you・・・!

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