initiative/ 棗編


視野の端の見え隠れする姿は、じれったいほどにいじらしかった。

授業が終わり、一歩廊下を出ると、女子生徒たちが待っていましたといわんばかりに待ち構えていた。小奇麗にラッピングされた箱や紙袋が間髪入れず次々に手渡され、それを忙しなく受け取り、作り笑いを浮かべながら礼を言った。
冷め切っていた。今の自分に、この大量のチョコレートをもらうことに何の意味もない。受け取りを拒否することも考えたが、かえって面倒な事態を引き起こしかねず、それはそれで厄介だと思った。
ただひとりのだけあればいいのだ。
そう、ただひとり、蜜柑のだけあれば。
けれど蜜柑はその群れの後方、やや離れた位置で、もどかしそうな表情(かお)をしながら、この様子を見ていた。
彼女が何をどうしたいかなど直ぐにわかった。だが、伝える術を思いつかないようだ。
大量のチョコレートを抱え職員室へ向かいながら、その不器用さに自然と苦い笑いが浮かんだ。 こんなところが他の女子生徒とは違うところだ。
「何、笑ってんだよ」
背後から聞こえた声。
振り返ると、同僚の岬が呆れ顔で近付いてくる。
「後ろ姿で、なんで笑ってるってわかるんだよ」
「うんざりするほど長い付き合いだからな。雰囲気でわかる」
棗はふたたび苦い笑いを浮かべた。
岬とは学生時代からの腐れ縁だ。換算するとかれこれ十数年になる。
「その大量のチョコを抱えている姿もまた、うんざりするほど変わらねえな」
「今すぐ捨てたい気分だ」
「どうせ阿部あたりに押し付けるんだろが」
「それは名案だな。捨てるよりずっとマシだ」
棗はため息をつきながら、今にも零れ落ちそうなチョコを抱えなおした。
そのとき、岬が手に持つ生物の教材が目に入った。瞬間、ふとあることを思いつく。
「おまえ、7時間目は何組だ?」
「?・・4組だ。それがなんだ」
「頼みがある」
「頼み?」
岬は訝しげに棗を見つめた。
「4組だけが、ある箇所で躓いているせいであまり進みがよくない」
「代替しろと?」
「ああ」
岬は眉根を寄せた。そして何かを探るようにじっと棗を見つめ、
「・・・おまえ、もしかして」
棗は、ふっと笑った。相変わらず勘がするどい。
こいつだけはただ一人、蜜柑との関係を知っている。
岬はふたたび呆れた顔をし、小さくかぶりを振った。
「本気なのか?」
「ああ」
「いつもみたいにその気にさせておいて、終わりってことは」
「それは絶対にない」
断言した。
「オレにはあいつしかいない」
強い口調で言い放った言葉に、岬は黙り込んだ。
初めて目の当たりにした親友のブレのない感情を前に、二の句が継げない様子だ。
「・・・・式には呼べよ」
諦観した声が届いた。その声音にいささか安堵が含まれているような気がするのは、思い過ごしだろうか。
「ああ。特等席を用意してやる」
岬はかすかに笑った。
そして自らの教材の中からぶ厚いプリントを抜き出すと、「ついでに渡しとけ」と言い、
棗が抱え持つ大量のチョコレートの上に無理やり重ねた。




end


 

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