「どう、似合うてる?」


蜜柑が部屋の中央で、くるりと回ってみせる。その浴衣は白地にラメが入っており、所々に薄いピンクの花が品よく咲いていた。帯の色も赤系の明るい無難な色で合わせ、全体的に清楚な印象を与える。細身の体に、よく似合っていた。

「どうなん?」
「馬子にも衣装」
「なんやて?」 目が釣りあがっている。
「冗談だ」
「もう。すぐからかうんやから。毎年欲しいと思うてたのに、なかなか買われんくて。だから今年は早めに見に行ったんよ。やっぱりええわあ」
「行くのか?」
「うん、みんなもう先に行ってるって。あれ、棗は浴衣着いひんの?」
「…・・面倒だ」 どうでもいい。
「なんやなー似合うと思うんやけどな」
「行くぞ」 
「ああ、待ってや」


今日は、セントラルタウンで毎年恒例の夏祭りがある。いつものことだが、祭りと聞けば条件反射的に体が動くやつが多く、蜜柑もその一人だ。したがって、必然的に駆り出されてしまうことが多い。
今年で何年目になるのか。高等部も半ばを過ぎたのだから、かれこれ5年目というところか。
浮かれ気味に隣を歩く彼女とも、それぐらいの年月が流れたということになる。成長したのは、身長くらいか、いや、こうして髪を上げ、薄化粧をしている姿に幼さの面影はない。襟の隙間から垣間見えるうなじには、色気さえ感じられる。

「棗、どないしたん?何かついとる?」 こちらの視線に気がつき、不思議そうに問う。
「・・・いや」 
いかにも無関心そうに答えた。
「あっちに着いたら、何しようなあ。あ、まずは屋台巡りやな」
「さっき、夕飯食ったばっかだろ」
「なに言うてんねん。別腹や、別腹」 腹を軽く叩いてみせる。
「・・・・・・・・」
外見はともかく、内面は食い気が勝っている。思わず、苦笑が滲む。今井の影響か。
「ああ、ホンマに楽しみやな。何かこう、ワクワクする」 
内輪で顔を仰いでいる。前髪がふわりと揺れた。
「あんまりはしゃぎすぎると、ロクなことにならねえぞ」
「なんや、それ、」
「財布をどこかに落とすとか、食いすぎて腹痛を起こすとか、おまえならやりかねない」
「失礼やなー、子どもじゃあるまいし」 少しふくれている。
「去年のこと、忘れたか?」
「去年・・・・、うっ、」

言葉に詰まっている。忘れたとは言わせない。今年同様の浮かれようで周りが見えなくなり、迷子になったのだ。その上、携帯を寮に忘れてきたために、当の本人には連絡が取れず、結局見つからないまま別々に帰る羽目になった。高等部生が、前代未聞の出来事だ。

「あはは、」 笑ってごまかしている。
「今年は、いなくなっても探さねえぞ」
「ぐ、」
「子守はごめんだ」
「・・・気をつける」  シュンとした。そして巾着の口をあけ、携帯を確認している。
「・・・・・・・・・・・」
やれやれと内心で息を吐く。
はしゃいでいたかと思うと、落ち込んでみたり、忙しない。
頭に手の甲をコツンとあてる。
「・・・・・?」 
なに?というふうに、上目遣いをしてくる。
「傍から離れんなよ」 少し笑って見せた。
「なつめ、・・・うん」
すぐに微笑んだ。


夜はまだ、始まったばかりだ。




現地の賑わいは、半端じゃなかった。今年は昨年以上の混雑ぶりで、噴水の周りは待ち合わせの人間で溢れ、あちらこちらの店先には人だかりが出来ている。普段から、どこかしら華やいでいるこの場所だが、今夜は祭りに乗じて更なる賑わいを見せていた。その雰囲気にさすがの蜜柑も圧倒されつつあるようだ。右腕をギュッと掴んでくる。

「なんや、ホンマに迷子になりそうやな」 不安そうな顔をしている。
「・・・・・・・・・・・・」
その顔を見ながら、利き腕で彼女の手を外し、握った。指先を絡める。
「・・・なつめ、」
安心させるように、わずかに頷いた。
「大丈夫だ。それより食い物屋は混んでるぞ。どうするんだ?」
「そやな、」 周りを見渡す。「まずは、あれやな」
水ヨーヨーが売っている出店の方へ、手を引かれる。
「・・・・・・・・・・・」
―――― いったい、いくつなんだ、おまえは、
「わあ、色とりどりやな。棗、何色がええ?」
屈みながら、上機嫌に問いかけてくる。
「・・・・・・・・・・」
内輪を持て余していたので、取り上げて帯の後ろに差してやった。すると袖をおさえ、水の中へ手をいれて喜んでいる。
「これなんか、どうなん?」
赤いヨーヨー。ネコの目のような、柄がついている。
「アンタにそっくりや」 笑顔だ。
「・・・・・・・・・・・・」

この人混みも、蒸し暑さも、決して快適なものではない。
だが。年月を経ても変わらないものを持ち続けている彼女と過ごすこの時間は、・・・不快ではなかった。


一つ目の品物を手に入れると、蜜柑は、次々と店を渡り歩く。まさに彼女の独壇場だった。
あの混雑に怖じ気づいたのは束の間だったのだ、田舎を思い出すわあ、などと言いながら、射的を初め、金魚すくい、ハズレなしクジなど、あらゆる店を総なめにしていった。途中、今井やルカ、翼たちに遭遇したが、相変わらずの込みように満足な会話すら出来ずに終わった。

「ええと、次はと、」
脇道の木に寄りかかり、かき氷のストローを口に入れながら、言う。
「まだ何かやる気か?」
「せっかく来たんやから、花火まで観たいな」
腕時計を見る。確か祭りの最後、9時ごろだっただろうか、あと約一時間はある。
「時間がありすぎるな」
辺りを何気に見渡す。すると、ある所で、目が止まった。
「アレに入るか?」
「・・・へ?」
蜜柑が、自身の目線を追う。だがすぐに身を強張らせた。
「・・・お化け屋敷」
「のぼりに何か書いてある。無事に出られたら、・・・ホワロン一年分進呈」
「ホワロン一年分?」
「ロクでもねえな、きっと。おまえは怖がりだし、失神でもされたら厄介だ。やっぱり、」
「やってみる」 嬉々としている。
「・・・は?」 耳を疑う。
「ホワロン一年分やで、アンタもいることだし、楽勝や」
「・・・・・・・」
眉を潜める ――― 失敗した。
「行くで、」 
先を歩き出す。
今ほど、自分の言葉を後悔した瞬間はない。
きっと花火など見れずに帰ることになるだろう。 目に見えるようだ。
――― だが、
ふと気がつく。
彼女の後姿。
何かバランスが悪い。目線を下に向けた。
右足を・・・少し引きずっている。
「おい、」
「ん?」 蜜柑が振り返る。
そのまま並び、肩を抱き寄せた。
「棗?」 驚いたような声を出す。
それを無視し、座れそうな場所を探す。すると丁度、すぐ傍の雑貨屋の店先に置いてあるベンチが空いていた。抱えたまま、そこへ座らせる。
「なん、どないしたん?」
右足首に手を添え、下駄をゆっくりとぬがす。
「痛っ、」
蜜柑が身を縮めた。
鼻緒があたっている部分が、擦り剥けている。血が滲んでいた。
「いつからだ?」
「・・・・・・・・・・」
「蜜柑」
「・・・・痛いと思い始めたのは、・・・ここに、来てからや」
「・・・・・・・・・・」
―――― もっと早く気付くべきだったか、
「慣れねえもん、履くからだ」
「・・・うん。せやけど大丈夫や、気にせんといて、」 足をひっこめようとする。
「帰ると言われるんじゃねえかと思って、黙ってたのか?」
「それは、・・・」 目を伏せた。
「ゴメン、・・・年に一回のことやし、アンタともっとここに居たくて・・・、」
「・・・・・・・・・・」
下駄の上に、そっと足を置く。
「少し、ここで待ってろ、」 立ち上がった。
「どこいくん?」
「すぐに戻る、動くんじゃねえぞ」


確かこの先に、靴屋があったはずだ。別にこういう履物の知識に長けているわけではないが、いつだったか、やはり祭りの最中だったか、ある女同士の会話をたまたま耳にしたことがある。最近では、鼻緒がついていないタイプの下駄が出ているらしく、足の負担もだいぶ少ないと。

そして、それは苦労せずに直ぐに見つかった。需要が高いのか、店先にズラリと並んでいる。
正式には、桐で出来ているサンダルで、下駄として使えるものだった。蜜柑に合いそうなものを選び、再び彼女のもとへと急ぐ。

――― しかし。

「・・ったく、どこにいきやがった、」

戻ってみると、蜜柑の姿はなかった。周辺を見回す。人並みでごったがえしている。内心で舌打ちをしながら、携帯を取り出し連絡が入っていないか確認したが、何も受信されていない。
―――― あの足で、
一体どこへ行ったというのだろう。そう遠くへは行っていないはずだ。こちらから連絡をとってみる。
コールだけが何度か繰り返される。着信音が聞こえないのか、応答はない。
大きく息を吐いた。
どこへ行った?とメールを打つ。

『ホワロン一年分やで、』

―――― まさか、

お化け屋敷の方へ目を走らせる。
色気に勝る食い気。蜜柑の大好物。このままやり過ごされることを見越して、一人で入ったのではなかろうか。あれならやりかねない。

『アンタがいれば、楽勝や』

いや、いくらなんでも、―――― それはないだろう。
当の屋敷からは、何人もの客が泣きながら出てきている。
一人で入ったら、どうなるのか、いくら彼女でもそれくらいはわかるだろう。

頭を軽く振った。考えが先走りすぎている。

ここで待つべきか。だが、この人混みの中、彼女は再び同じ場所へ戻ってくることが出来るだろうか。足を引きずりながら。似たような店やベンチは、沢山あるのだ。風景はどこも似通っている。

携帯を握り締めた。
焦っても仕方がない。しかしこれじゃ、自分の方が迷子のようだ。
「・・・・・・・・・・・」
気を落ち着かせるために、先ほどまで蜜柑が座っていた場所へ、腰を下ろした。
額には、汗が滲んでいた。


『棗は、佐倉には過保護だよね、』


ふとルカの言葉を思い出す。

『なんだかんだと言いながらも、ちゃんと佐倉のこと気にかけてる』

過保護。

そうとも言えるのかもしれない。
だが、それはおそらく真実じゃない。

本当に不安なのは、どこへも行って欲しくないと思っているのは、

自分の方なのだ。・・・・・・きっと。

絡めた指を、離したくはないと。



どのくらい時間が経っただろうか。
10分か20分か。

すぐ近くで、子どもの泣き声が聞こえた。
自身の心中と、重なる。
自然と目がそちらの方へ動いた。


「・・・・・・・、」
―――― 蜜柑、


彼女は、見知らぬ子どもの手を引いていた。
こちらを見て、申し訳なさそうな笑みを浮かべている。足は・・・やはり引きずっていた。

「・・・・・・・・・」

込み上げたのは、怒りではなく、持て余すほどの安堵だった。





「ホラ、」
「これ、棗が選んだん?」
「他に誰がいる」

迷子を案内所に預けると、人混みを避け、元いた脇道を抜けて裏手の公園に移動した。花火の開始時刻が迫っているせいで移動中なのか、拍子抜けするほど人の姿がない。
蜜柑を、そこのベンチに座らせ、サンダルを履かせる。遠慮がちに足を入れていた。上手い具合に、サイズはピッタリだ。
「わあ、かわええな。こんなんあるなんて、知らんかったわ」 喜んでいる。
「無知だな」 呆れ気味に言った。
「アンタが、知ってる方がすごいわ」
「・・・・・・・・・」
「ありがとうな、棗、・・・・・・その、怒っとる?」 
彼女の正面に屈み、黙々とサンダルを用意した姿が不機嫌そうにでも見えたのか、控えめに訊いてくる。
「・・・別に、」
「・・・・・・・・」
「怒ってねえよ」
すると蜜柑の体が、こちらに傾いでくる。左肩に、トン、と額をのせた。
「目の前で泣いとったから、つい、ほうっておけなくて、アンタとの約束破ってしもうた。ウチ、結構慌てとって、連絡もせんと、ホンマにごめん」
「・・・・・・・・」
「ずっと帰っとったらどうしようって思うてた。棗はそんなことしいひんってわかってても、去年のことがあるし、怒っとるかもしれへんって」
「・・・・・・・・」
首に細い腕が回る。浴衣の袖が、するりと落ちていく。
「手を、・・・離さなきゃよかったって、ずっと思うてた」
「・・・・・・・・・・」
頼りなく体を預けていた。
伝わるのは、安心と・・・不安か。
何もかも華奢で心もとない。
その彼女の体をやんわりと抱き、撫でるように頭に手を置いた。

――― おまえもオレも、・・・バカだな。

「バーカ、なに心配してんだよ」 後頭部にぽんぽんと触れる。
「・・・・・・・・・」
蜜柑が体を離す。こちらをじっと見つめてくる。
その顔を見ながら、額に軽くふれる程度に口付けた。
「棗、・・・」
「考えすぎだ」 少し笑う。
「・・・・・え?」
「オレは、おまえがあの化け屋敷にでも入ってんじゃねえかと思ってたんだぞ」
「なんやて?」 目をまるくする。
「ホワロン、ホワロンうるせーし」
「な、なんちゅうことを、人が不安に思うてた時に、」 
「だからおまえは、バカなんだよ」
「なつめ、」 
悔しそうに、こちらの体を押そうとしたが、それを寸でのところでかわした。
「な、もう、」
蜜柑が、不平を漏らそうとしたとき、ドンという音が響いた。
二人でその音がする方へ、顔を向ける。

公園の上空。
花火が舞い上がり、一気に大輪が広がった。

「わ、始まってしもうた」 
面差しに、その煌めきが映し出されている。
「綺麗やなあ」
「もっと、」 立ち上がった。「見えるところに行くか」
「うん、」
花火に見劣りしない笑顔を咲かせた。



この夏夜に、君と過ごす。

繋がりし手と手の中に、
・・・・秘めたる想いを隠して。




fin


ずっとお祭りのお話を一度書いてみたいと思っておりまして、この度、キリリク小説の方で書かせて頂きました。 リクエストが高等部、なつみかん、甘甘ということで、ご希望通りの展開になっているか、とても不安ですが(前回の キリリクの時も同じことを言ってました;)愛は沢山入っております(笑)この作品は、なつのさまのみお持ち帰りいただけます。
ありがとうございましたvv

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