sugar sugar 後編


「なあ、・・落ち着いた?」
「ああ」
「ホンマに?ホンマに良くなった?」
「心配ない。・・・・大丈夫だ」

ブラウス越しに伝わる人肌の温もりは、とても心地良かった。
この感覚は寒がりだった蜜柑が幼い頃、祖父の布団に潜り込み、温めてもらった記憶を蘇らせた。ホッとするような、そんな優しい温もり。
無論、感情の高ぶりはその頃の比ではなかった。背中側から抱き枕状態で蜜柑の体にまわっている棗の腕は、彼女を離さんとばかりにしっかりと押さえられている。
部屋に着くや否や、すぐさまベッドに倒れこんだ棗は、当たり前のように蜜柑を布団の中へ引き擦り込んだ。そしてそれに慌てる蜜柑を他所に、棗は冷えた体を蜜柑の背中に密着させ、首筋に顔を埋めた。
蜜柑はこの状態にかなりの戸惑いを感じてはいたが、責任を感じている身の上ではどうしようもなかった。 だが具合が安定したことは、素直に嬉しい。

あんなにムキになって走らなければ、棗はここまでになることはなかった。一瞬でも騙されたと思った自分自身に、強い不快感を覚える。甘えと称した我侭が、慢性的に体調が優れない彼の具合を悪化させた。しかもここ最近は調子が良く、落ち着いた状態を保っていたから、そのことがすっぽりと抜け落ちていた。
彼女、失格。
自分に嫌気がさした。棗は逃げたことについて問い質しはしたが、それによって引き起こされた体調の変化について少しも責めることはなかった。
あんな些細な喧嘩で意地を張り続け、情けなさで目が潤んでくる。けれどここで泣くのはいかにも被害者的な感じがして、ますます嫌気がさす。体を丸め、目頭にぐっと力を入れると、きつく瞼を閉じた。
「・・どうした?」
棗が首筋に、コツ、と額を押し付けた。
「どうも・・せんよ。なんで?」
「泣きそうだから」
「・・・・・・・」
蜜柑は棗の腕を擦り抜け、起き上がった。
「蜜柑?」
「なんで?なんで怒らんの?」
蜜柑は、布団に目を落としたまま言った。
「喧嘩両成敗っていうだろ?」
「喧嘩は、・・・くだらない、喧嘩だったから、そうやけど・・・具合が悪くなったのは、ウチのせいで、」
「なんでそうなるんだよ」 棗も起き上がった。
「だって、」
棗の方へ顔を向けた。すると同時に肩を抱かれた。棗の胸の中に身体が納まり、整った顔が間近に迫る。
「なんだよ」
「・・・ウチの、」
「せいじゃねえよ。勘違いすんな」
頬を指の背で撫でられ、更に棗の顔が迫った。下唇を甘噛みされ、思わず蜜柑の唇から切ない吐息が漏れる。
「ウチが、・・・走らなければ、」
「あれくらいいつも走ってるだろ。大袈裟なんだよ」
「だって、あんなに苦しそうに、」
言葉をもみ消すように唇を塞がれた。棗は性急に顎を持ち上げ、深く重ね合わせると、あ、という間に口内の急所を攻め始めた。蜜柑の体から力が抜け落ちていく。何度も角度を変え、息継ぎの間に愛おしげに名を呼ばれた。痺れるような甘い感覚を享受し、思考がぼんやりと霞む。
・・・・・棗。
いつの間にか、棗の首に両腕を回していた。
離れ際にもう一度、蜜柑、と名を呼ばれ、意識を浮上させる。けれどまだ鼻が触れ合うほどの距離。
「もう大丈夫なんだ、心配すんな。それより、・・・機嫌は直ったのか?」
「・・・それは、」
棗は指先を、髪へ滑らせた。
「なんで逃げた?」
声が優しい。
「・・・言ったら、怒る」
「くだらなすぎてか?」
蜜柑は顔をしかめた。
「図星か」
「だって、」
蜜柑は、やや目を逸らした。
「だって、アンタが、追いかけてくるのが、・・・遅かったんやもん・・・」
「・・・・・・・・」
少しの沈黙。
寸秒後、髪に添えられていた棗の指先がかすかに動き、親指がこめかみに触れた。それに反応し蜜柑は、目線を戻す。
棗は少し呆れたような顔をしている。だがその表情は、蜜柑の微妙な心理を見抜いているようでもあった。額にキスを落とすと、しょうがねえヤツと呟く。
「だって、・・・何か、嫌だったんやもん・・その間が、なんとなく。しょうがなく追いかけて来たみたいで・・、」
棗はわずかに顔を離し、軽く息をついた。
「転んだ」
蜜柑は目をまたたく。
「・・・え?」
「転んだんだよ」
「・・は?」
棗は渋い顔をしている。
「すぐに追いかけて、校舎を出た途端、雪の深みにはまったんだよ。で、動けなくなった」
「・・・・・・・」
蜜柑は、ぱちくりと、目を見開く。すぐには言葉が出なかった。けれど次の瞬間、思わず吹き出した。まさか、
「笑うな」
今度は拗ねた顔をしている。
「だって、だって、アンタが、」
「なんだよ」
蜜柑は、うぷぷ、と声も漏らし、笑う。
「残念、なんやもう、見てみたかったな、アンタ、思いっきり不機嫌そうな顔してたんやろなーって、わっ」
背中を倒され、頭が、ふわっと枕に沈む。棗の手が、投げ出された蜜柑の腕をつたい、指を絡める。
「笑いすぎだ」
じっと、見つめられる。
「ごめっ、」
「とにかく。そんな訳だ。勝手にあれこれ考えて、嫌になってんじゃねーよ。ったく、手のかかるオンナは、」
「きらい・・?」 
蜜柑は絡めた指を握り返した。
そう。こんな気持ちのすれ違いは、またいつか起きるだろう。どんなに反省しても。甘えてしまう。
その度に棗はきっと、手を焼く。
棗は口の端をわずかに上げ、かすかに笑った。
「ああ。きらいだ」
「棗・・・」
「手のかかるオンナはきらいだ・・・、」
棗は、耳元に顔を寄せた。

『――― けど、
きらいより、・・好きの方が遥かに上回ってんだよ・・・』

「・・・、バカ」
「バカはお互いさまだろ、」
蜜柑の目が潤む。
何だか、途方もなく嬉しい。
「なに、泣きそうになってんだよ」
「ええやろ、別に、・・ほっといてや、・・・もう、」
蜜柑は顔を逸らした。
棗には、叶わない。いつもこうやって、欲しいものをくれる。
「・・棗・・・、」
「?」
「・・・好き、・・大好きや・・、」
「ああ、」

わかってる、と、囁いた、棗の声は優しくて。
顔を戻したら、朱色の目を和ませ、穏やかな表情が迫っていた。
思わず蜜柑の頬が、赤く染まる。

その反応を見て棗はかすかに笑い、その火照った頬にキスをした。
次いで首の柔肌に噛み付くような感触が走り、蜜柑の体が小さく震えた。






fin




Thank you・・・!

結構、ラブラブやろ?(笑)


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