ほら、キミはこんなに素敵に笑える / 後編


「おまえ、オレがなんであんな顔していたか、知ってんだろ」

棗は呟くように訊いた。
蜜柑は顔をふにゃり、とさせ、へ?というようなマヌケな顔をしている。
「ううん、っていうか、そう、それ、翼先輩に訊いても教えてくれへんのや。棗に訊けの一点ばりで、」
――― カゲ、・・・てめえ、
棗のこめかみに筋がたった。なんと中途半端な。オレの口から言わせるつもりか。
てっきり聞いていると思っていた。余計なことを口走った。棗の胸中に激しい後悔が過ぎる。ニヤニヤとしている翼の顔が浮かんだ。冷や汗をかいたふりして、何だかんだとおちょくりやがって。
「何か、楽しいものでも見ていたんやろ?何なん?」
蜜柑は興味深々に訊いた。
おまえも察しろ、と喉元まで出かかったが、あっけらかんとした蜜柑の訊き方にあきらめが走った。こいつにそれを期待するのは無理だ。
「なあ、」
「忘れた」 そっぽを向いた。
「嘘や、」
蜜柑は間を詰め、近寄った。
「ウチには教えられへんこと?ああ!棗、もしかして、誰かに見惚れてたん?」
「は?」 顔を戻した。
「だってみんなの着物姿、大人っぽくて可愛くて、ホンマに素敵やったし、それに今年は高等部の綺麗なお姉さんもたっくさん来とったし。そうや、きっと、アンタは、」
蜜柑の顔に焦りの色が浮かんだ。
「なあ、誰なん?怒らんから、教えて」
「・・・・・・・・・」
言葉も出ない。ここまで大馬鹿だったとは。誰だ?こんな鈍いオンナに惚れているのは。
「てめえは本物の馬鹿だ」
「な、なんや、いきなり」 目を剥いた。
「馬鹿だから馬鹿ってんだよ」
「どこがや」
「全部だ」
蜜柑は、きい、とムキになった。
「ホンマになんなん、アンタ、ひとのこと急に馬鹿呼ばわりして、あ、わかった。そうやって誤魔化す気やな、もうええ、ウチは許さ――、」
言葉を封じるように強く肩を抱き寄せた。もう片方の手で、頬をとらえる。
「もう、黙れ」
蜜柑の表情が、棗を見たまま固まっている。何が起きたかわからないといった感じだ。
「おまえ以外に、」
蜜柑の瞳が、揺らめいた。
「・・・・誰に見惚れるってんだよ」
そのまま唇を塞いだ。やや強く押し当て、すぐに離れる。
「満足か?」
蜜柑の顔が、みるみる赤くなっていく。口をパクパクと小さく動かしているが、言葉にならない。
棗は、苦い笑みを滲ませ、頬の手を解放すると、抱き寄せていた方の腕の力を緩めた。
「なななつめ、・・・あの、その、ウチ、」
しどろもどろだ。
だが次には、その顔つきが、くしゃん、と崩れた。先ほど以上に顔を綻ばせ、嬉しそうに笑っている。あの昼間のときのように。
「なんだ、その顔は」
「だって、」
「・・・馬鹿ヅラ」
「なんやて?」
これにはすぐに反応を示した。面倒になり、棗は蜜柑の膝の上にあるホワロンの箱を取り上げると、中からひとつ取り出した。
「ホラ、」
「へ?」
棗はホワロンを蜜柑の口元へもっていく。「一緒に食うんだろ?」
蜜柑は、目を瞬いた。そしてすぐに口を開いた。ホワロンをそっと押し込む。
「おいひい」 満面の笑顔。「もうなんや今、むっちゃ幸せなんやけど、」
棗は負けたと言わんばかりの顔つきで、微かに笑った。
・・やれやれ。
最後は結局、こいつのペースだ。かなわない。・・・こういう時こそ、
「カメラ、」
棗は、手で寄越せ、という仕草をした。
「ん?何か撮るん?」
蜜柑は鞄からカメラを取り出し、渡す。
「おまえの馬鹿ヅラ」
「もう、・・」 蜜柑は一瞬頬を膨らませた。けれどすぐに立ち直る。「そや、なあ、ついでに一緒に撮らへん?ふたりだけで写ってるの少ないし」
棗の眉根が寄った。
「ハニカミはごめんだぞ」 うんざりしたように言った。
「わかっとるって」

けど、その代わり。

カメラを構えた。
蜜柑と顔を寄せる。
彼女からホワロンの甘い匂いがした。

――― 代わりに

おまえにしか見せない顔で、笑ってやるよ。





fin



Thank you ..... !


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