ほら、キミはこんなに素敵に笑える / 前編


「8個入りを2箱ですね、少々お待ち下さいませ」

ふわりと漂う甘い匂い。
目の前では店員が、丁寧なリボンがかけられた小ぶりの箱を、手際よく紙袋に入れていく。
セントラルタウン一の名物人気菓子、ホワロン。モチモチとしていて、マシュマロのように軽く、口どけは綿菓子のよう。蜜柑は、この菓子に目がない。短い正月の最終日、初売りに出向き真っ先に足を運んだのが、この店。相変わらずの長蛇の列にややうんざりしたが、10分ほどで順番が回ってきた。

「1800円です」

棗はお金を準備しながら、斜め後方に目を向けた。少し離れたベンチに蜜柑が座っている。両手で何かを持ち、それを見ながらにやにやと笑っている。あれは、・・・おそらくデジカメだ。一昨日の元旦と昨日は、蜜柑の誕生日と正月とで、いつものように大賑わいとなった。そのときクラスメイトたちと沢山の写真を撮っていた。それを見ているのだろう。
呑気なものだ。最初は一緒に並んでいたというのに、程なくすると、ふたりで並んでてもしょうがないやろ?などと言いながら、そそくさといなくなった。・・ったく、一体誰のためにここへ来たと思っている?

「ありがとうございました」

支払いを済ませ、ホワロンを受け取り、不満顔でベンチへ向かう。蜜柑は気が付きもせずに、相も変わらず小さく声を立てて笑いながら画面を見ていた。紙袋の隙間からは、先ほどと同じ甘い匂いが流れてくる。

「楽しそうだな」

嫌味混じりで声をかけると、蜜柑がはっと顔をあげた。棗の雰囲気に一瞬気まずそうな顔をするも、すぐに笑みが広がった。
「ごめん!ありがとうな。本当は交替で並ぼうと思ってたんやけど、その、早かったな、」
あはは、とごまかしている。
「・・・・・・」
棗は呆れたようにふっと、息を吐き出した。何も言い返せないところが、惚れた弱味というやつか。
「ええ匂いやな」 紙袋をのぞいている。
「ここで食うのか?」
「もちろんや、一箱だけ食べて、残りは帰ってからのお楽しみや」
蜜柑はカメラを鞄にしまい、紙袋を受け取った。そのとき、

「ねえ、ハニカミ王子・・・・」

背後の方から何気なく聞こえてきた言葉を、耳が拾った。
・・・ハニカミ、王子?
それほど気になったわけじゃなかった。けれど蜜柑の顔が、髪袋を持ったまま一瞬固まった。それを見逃さなかった。
「どうした?」
「え?」
蜜柑は、ぱっと表情を変えた。
「なにが?」
「なにがじゃねえよ。さっきうしろで、」 棗は顔をくい、とやや後方にずらす。「言ってただろ、何かあるのか?」
「ううん」
蜜柑は、髪についたゴミを振り払うかのように、やや激しくかぶりを振った。
棗は訝しい目を向けた。蜜柑はそ知らぬ顔で紙袋から箱を取り出し、ホンマにええ匂い、などと呟いた。取ってつけたように、鼻で香りを楽しむような仕草をしている。
「おまえ」
「おー、おまえたちも来てたのか」
またもや背後から聞こえてきた声。今度はかなり聞きなれた声だ。この正月の間に何十回、いや何百回聞いたかわからない。
「翼先輩!美咲先輩!」
蜜柑が嬉々とした声をあげた。大袈裟な。棗は思わず緩慢に首を動かした。不機嫌そうな顔つきをすれば、翼は苦い笑いを浮かべた。
「んな、嫌な顔すんなって。いいオトコが台無しじゃねえか」
「は?」 眉間にしわが寄った。
「だから、そのしわが余計なんだよ」
美咲が、ケラケラと笑った。
「そうだ、ハニカミ王子が、」 ふっと、口を噤んだ。

コンマ数秒の沈黙。

今度こそ決定打だ。棗は、美咲から翼、蜜柑へと順に瞳を動かした。三人とも気まずそうに目を逸らしていく。
「てめえら」
「あああのな、棗、別に深い意味はない、」 翼が慌てる。
「あたりまえだ。そんなわけわかんねえ言葉に深い意味なんかもつな。説明してもらおうか」
「・・・・・・・・・・」
またもや沈黙が流れた。今度は先ほどよりも長い。揃いも揃って情けない笑いを浮かべている。
「蜜柑」
やや強く呼べば、蜜柑は肩を落とし、ホワロンの箱をベンチの上に置いた。鞄から先ほどしまったデジカメを取り出す。そしてスイッチを入れると、親指でボタンを押し、次々と写真を送っていく。
「これ、・・・」
ある場所まで来ると、蜜柑は棗にカメラを差し出した。棗はそれを受け取り、画面を見る。
「!」
思わず、う、っと声を上げそうになった。体が強張った。
「・・・・・、」
誰だ?こいつは?

衝撃が走った。オレじゃない、と心の中で口走る。
いや、・・・・これは、オレだ。
この間の正月か・・・、

目の前に、暗幕が下りた。


どこからともなく、ハニカミ王子〜という陽気な声が聞こえてきた。



inserted by FC2 system