Soine


シャワーを浴び、部屋に戻ってみると、先程とは様相が違っていた。

真夜中の帰宅。早々に浴室へ向かうべく、着替えを手に取り部屋を辞した時は確か、灯りを落としていったはず。 それが今は、明るさを絞った、ぼんやりとした室内灯が部屋全体を満たしている。
そして同時に感じる気配。

表情が和らぐのを自覚しながらベッドに近付いていくと彼女は、気持ち良さそうに眠っている様子。
だが和らいだものは、一瞬にして硬化した。

彼女の隣にいるモノ・・・あの、宿敵のぬいぐるみ、クマ。数年前のクリスマスに贈ったプレゼント、いや一応はサンタクロースからの贈り物になっているもの。それがこの持て余すほど広いベッドの半分を占領し、正確には自身が寝る場所を陣取り、彼女の柔らかな身体に抱きしめられている。
なぜ、わざわざこんなものを、
・・・何のつもりだ。

髪の雫がポタリと落ち、固まった思考を溶かした。無造作に乾いたタオルで軽く拭き取りながら、寝顔を見つめる。
学園を離れて任に就くこと10日間。いつ戻れるかわからない日々を過ごし、その曖昧さの中で彼女は帰りを待ち続ける。
淋しかったのだろう・・か。
もしかすると毎日のようにここへ来ては、寂寥(せきりょう)感を埋めるように、このクマを抱き眠っていたのかもしれない。 そして今日も・・、きっと自身が帰っていることなど気がつかずに来たに違いない。

・・・どうするべきか。

ひとまずベッドの端に腰を下ろした。枕に散った長い髪を掬うように撫で、指を擦り抜ける感触に目を細める。けれど仰向けに寝るクマとそれに顔を埋めながら眠る彼女の寝顔のアンバラスさ、このシチュエーションは、いただけない。これが自分の代わりだとするなら、もうこの場所には必要ないものなのだ。添い寝の役割は完了だ。

クマの身体に回った彼女の腕を解こうと、そっと持ち上げる。けれどその腕はそれを振り払うように力を入れ、クマを抱きしめ直す。
「・・・・・・」
すうっと眉間に一本皴が寄った。
もう一度試みる。今度は先ほどよりも力を入れた。だが結果は同じ。おまけにクマの黒曜石のごときつぶらな瞳が、いつものように光を帯びた気がした。まるで邪魔をするなと言わんばかりに。
・・ったく、・・毎度毎度・・
そんなに嫌いか?と何となく問われている気もしたが、無視だ。とりあえず、さっさと場所を空けてもらわないことには、至福の時間を味わうことが出来ない。
不本意だが、彼女を起こすしか方法はなさそうだ。

「おい、・・蜜柑」
身体を少し揺り動かす。
「蜜柑、・・・起きろ」
「・・・ん・・・・」
うっすらと瞼が開いた。
「・・・・・な、つめ・・?」
「・・・・・・・・・・」
「帰って、・・・来たん?」 ぼんやりとしている。
「ああ、さっき戻った」
「よかった・・・」
ホっとしている。表情に安堵が広がった。
「ごめん、・・・ウチ、ここで寝てしもうて、」
「別に構わない。それより、」
蜜柑が、あっと気がついたように体をずらす。
「占領してごめんな」 クマは抱いたままだ。
「・・・・・・・・」
その様をじっと見ていると、蜜柑が不思議そうな顔をする。
「・・・なん?まだ、狭い?」
「そのクマ、」
「クマ、・・あ、このクマちゃんね、何やアンタにみたいに思えて、つい」 うふふ、と楽しそうに笑う。
「・・・・・・・・・」
・・・どこがだ。
どこをどう見たら、オレに思える?
盛大にしかめっ面をしたい気分だが、我慢だ。翻弄されてはいけない。
「なら、」
シーツに身を滑らせた。蜜柑の方に身体を向け、ぬいぐるみ越しに顔を近付ける。
「実物がいるんだ。もう必要ねえだろ?」
「・・・・・・・・」
蜜柑がちょっと照れくさそうに瞬きをする。その顔を見ながら、クマを除けるようにずらすと素直に腕をほどいた。そのままそれを背後のベッド下へ置く。
「棗・・・、」
蜜柑がクマ一つ分の空間を縮めるように、腕を伸ばしてくる。それに応えるように、身体を寄せ、やんわりと抱きしめる。待ち焦がれた瞬間。前髪が首元をくすぐった。
「・・・・おかえり」
「・・・クマと、どっちがいい?」
その問いに蜜柑がクスリと笑う。
「もしかしてまた、妬いてたん?」
「・・・・・・・・・・」
蜜柑が小刻みに肩を揺らす。
「・・・笑うな」
「せやかて、アンタってホンマにあのクマちゃんにだけは、ええ顔せえへんもん」
「あいつだって、オレに敵対心剥き出しだ」
「それ、真面目に言うてる?」
蜜柑が少しだけ身体を離し、顔を上げた。間近で優しげに揺れる、淡いライトが滲んだ黄褐色の瞳が見つめる。
・・・いけない。つい口が滑る。こんなクマ相手に。内心でかぶりを振った。
「・・・別に、そこまで思ってねえよ。冗談に決まってんだろ」
「ホンマ?」
「・・・ああ」
そういうことにしておかねえとな。
心の中で呟きながら、額に口付けた。やや身体を起こし、唇にキスを落とす。
蜜柑の指先が頬にふれた。もの言わぬその指先から、惑いが感じられる。
「・・・何もしねえよ」 かすかに微笑んでみせる。「起こして悪かった。もう、寝ろ」
「・・・うん」
ゆっくりと瞼を閉じながら蜜柑は、再び胸に額を押し付けた。背中を抱くと、身を寄り添いあう。
「・・・棗」
「・・・?」
「ちょっと目が、・・・冴えてしもうたから、少しだけ、協力してくれへん?」
「協力・・?」
「羊・・、」
「ヒツジ?」
「数えて、くれへんかな・・・。アンタの声、聞きながら眠りたい・・」
「・・・・・・・・」


あれから羊をいくつまで数えたのか、記憶にはない。たが眠りに落ちる刹那垣間見た、蜜柑の幸せに満ち溢れた寝顔が、瞼の裏に残像となり映った。 その時夢現で紡いだ最後の言葉を、あのクマは聞いていただろう。

邪魔すんなよ・・。


直後、背中にモフっという感触が伝わった気がしたが、夢ではあるまい。




fin




菜蜜みんちゃんの日記から「羊でおやすみシリーズ」のCDのことで盛り上がり(笑)
「どなたか添い寝ネタを形に〜」とのお声に、サッと挙手させていただきましたvvv
みんちゃん、萌えなネタをありがとうございましたw すっごく楽しかった!
拙宅の日記にも書きましたが、妄想が広がりすぎて収集がつかなくなったのですが、
最終的にはこのお話で落ち着きました(笑)こいつに添い寝出来るのはオレのみ的展開で、
相変わらず妬きもちの対象が妙ですが、その辺は久野の棗ならではということで・・・(笑w)


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