7月のシンデレラ〜番外編/ 3


桜の蕾は、まだ固く芽を閉ざしている。
春はすぐそこまで来ていて、昨日までの寒さが嘘のように、時折吹く微風は心地よく暖かい。
三寒四温。まさに言葉どおりの気候だ。

――― 早く、来ないかな

ブランコの周辺に設置してある鉄製の枠に腰をかけながら、棗を想う。今日は卒業式。今頃は、
クラスメイトや部の仲間と別れを惜しんでいるのだろう。目に浮かぶ。

『終わる頃に、来ればいい』

いち早くおめでとうを言いたくて、学校近くのこの公園で待っていると告げた時に返ってきた言葉。
けれどさすがにその勇気がなかった。沢山の卒業生や親たちで溢れる中、自分の存在は浮いてしまうに違いない。
それに何より、棗の回りは女の子でいっぱいだろう。今日ばかりは最後という盾を武器に、遠慮のないアプローチの山が出来上がっているに違いない。ここに来る頃には、制服のボタンなど一つ残らずなくって、・・・・ふとため息がでた。ボタン・・・、第二ボタン、やはり遠慮せずに欲しいと言っておくべきだったと、後悔している。ボタンなんかと馬鹿にされそうな気がして、結局最後まで言い出すことが出来なかった。けれど女の子にとって、それは特別な意味を成すものだから、何を思われようが貰っておけばよかったのかもしれない。

――― 今更、言っても・・・・
遅いわ、と小さく呟きながら、俯いた。
ふわりと、風が吹き、頬を撫でていく。
ふと、公園の入り口に目が向いた。

「・・・なつめ、」

棗が公園の出入り口を通過し、こちらに見ながら近付いてくる。腕には少しの荷物を抱えていた。
「その微妙な顔、何なんだよ」
苦笑が滲んだ。逆光で黒髪が反射し、艶々としていて綺麗だ。
「あ、ええと、あはは」
立ち上がった。笑ってごまかす。
「お疲れさま。卒業おめでとうな」
言いながら、つい瞳が制服のボタンへと動く。

・・・ない。

やはり学ランのボタンが、第二ボタンはおろか、全部なくなっている。
わかってはいたが、内心でへこむ。ひっそりと抱いていた淡い願望すら適わない。
第二がダメならせめて違う場所、そう、例えば一番目立たない下の部分とか袖とか、
・・袖・・・・・!
手が勝手に動き、荷物を持っていない方の棗の袖を軽く掴んだ。
だが手のひらに伝わってきたのは、・・・
「そんなに、」
袖を掴んでいた腕が動いた。
「これが欲しいのか?」
軽く握られていた彼の手が開く。
現れたのは、ボタン。
「・・・これ」
思わず棗の顔を見る。
「第二、だ」
「なんで、・・?」
すると棗は甲を上に向けた。蜜柑が手のひらを上に向けると、そこへボタンを載せる。
「今朝、葵に言われたんだよ。おまえに渡せって」
「葵ちゃんが?」
棗が頷く。
「特別な意味があるから他の女には絶対渡すな、だとよ」
「葵ちゃぁぁん・・・」
思わず泣きの入りそうな感動的な声が出る。漫画で表現するなら、頬に大量に涙が描かれているところだろう。
「なんでそんなもんが欲しいのか」
棗が不思議そうな目で見ている。
「アンタにはわからんのや。この第二ボタンがどんだけ、」
「そうじゃねえよ」
蜜柑は、やや首を傾げる。すると棗がボタンを握っている手首を掴み、引き寄せた。ポスっと棗の胸に頬があたり、掴んでいた手首が彼の背中の方へ回される。つまり抱きつけと言わんばかりの格好だ。
「あ、あの、棗?」
戸惑いも露わにワタワタとしていると、蜜柑の背中に腕が回り、更に密着度を高くした。
一体、何を、・・・
「こんなボタンなんか欲しがんなくたって。いつだってオレ自身は、おまえのもんだろ」
「・・・・・・・・・・」
・・・・もう。
聞きなれた低音。何度耳にしても心拍数が異常な程上昇してしまう。その声がさらりと、何の気負いもなく告げるのだ。いつもいつもこうやって、
「・・・・・うん」 棗の背中に回された腕に力を入れる。「せやけど、・・もう明日から学校では逢われへんし、このボタン、持ってくな」
「・・・・・・・・・・」
そっと身体を離し、棗の顔を見る。はんなりと微笑んでいた。頬がほんのり熱くなる。
「浮気すんなよ」
「な、するわけないやろ。あんたこそ、危なっかしいわ。なんてたって共学だし、」
「・・・・・そうだな」
「えっ?」
棗をしげしげと見つめる。そうだなって、
「オレはおまえみたいに、代用はきかない」
蜜柑の顔色が一気に失せる。違う意味でまた心拍数が上がってきた。口がパクパクと開き、うまく言葉も出てこない。
「何て顔してんだ」
棗が笑いながら、額を軽く弾く。
「せやかて、」
「代用はきかねえから、顔が見たくなったら、」
指先で、髪を梳く。
「・・・・触れたくなったら、どんな時でも、逢いに行く」
「・・・・・・・・」

もう自分がどんな顔をしているかなんてわからない。赤くなったり青くなったり、そして今はまた赤くなっている。だから紛らわすために「授業中だったら、どうするん?」と、か細い声で訊いてみた。

「授業中だって何だって、逢いに行くに決まってんだろ」



手を引かれ、歩く。
その愛おしく、大きな背中を見ながら、幸せすぎだと感じる。
でもさすがに授業中はまずいやろ、・・と心の片隅で思う。
だから。

やっぱり代用品探さへん?と問うてみた。
すると棗は僅かに振り向き、微笑みながらひとこと、

・・・いやだ、と言った。





fin



ネタとセリフを提供して下さった、なつのちゃんに感謝〜vv
毎度毎度の7シンですが、ボタンネタならこの二人だろうと思い、再登場でした(笑)




inserted by FC2 system