バースディ・プレゼント

鮮やかなオレンジ色のリボンが、するりとほどける。
皆の視線が集まる。次に蜜柑は丁寧にテープを剥がし、ゆっくりとラッピング紙を開いていった。
現れたのは、シンプルな白い箱。
蓋をそっと持ち上げた。

「へ?目覚まし時計?」
目を丸くし、今井の方へ顔を向ける。
「アンタにぴったりのものよ」
「ぴったりって、」 蜜柑が箱から目覚まし時計を取り出す。「これって甘夏やん」
「懐かしいでしょ?」
言いながら今井はおせちの伊達巻を一切れほお張る。モゴモゴと口が動き始めた。
蜜柑は複雑な顔をしながら目覚まし時計をじっと見つめている。顔が大きく、胴体は妙に小さい。
「毎朝寝起きの悪いウチが、アンタに迷惑かけんようにしろと?」
「上出来ね」 今井が二個目の伊達巻を口に入れる。「今回は説明の必要がなくて助かるわ」
「ほたる、ウチの楽しみとらんといてえな」 泣きそうになっている。
「勘弁してよね。何であたしが毎日アンタを起こしにいかなきゃならないのよ」
「せやかてウチ、蛍に起こされるのが幸せなんやもん」
「甘夏が嫌なら、」
今井の視線がこちらを向いた。
「棗君に起こしてもらえばいいじゃない」
意地悪い笑みが浮かんでいる。自ら蜜柑を突き放しておきながら、自分の優位さをアピールしているような顔つきだ。
眉間にうっすらと皴が寄るのがわかった。
「棗?棗って、」
背中を向けていた蜜柑がこちらに首を動かす。そして自身と目が合うと、少し恥ずかしそうに顔を戻した。
「やっぱりウチ、甘夏で頑張ってみる」
「・・・そう、まあ性能は保証するわ」
今井は先ほどの笑みを崩すことなく再び重箱の中に箸を入れた。

―――― ほう、
あの訳のわかんねえ時計で頑張るだと?

蜜柑の背中をじっと見つめた。
襟元から覗くうなじが薄桃色に染まっている。

すると飛田がこの不穏な空気を感じ取ったのか、慌てた口調で次のプレゼントを開けるよう薦めている。
周りも同調するように空気を変えようとしていた。

今日は元旦、そして蜜柑の誕生日。いつものように皆が集まり、騒々しいほどの盛り上がりで正月と誕生日を祝っている。
蜜柑は沢山の料理とプレゼントを前に顔のしまりが無くなるほど嬉しそうにしていた。
その様を窓際に座り何気に見ていた。そこで今井のやや策略めいた会話が飛び出してきた。そんな言葉や態度にいちいち反応する気にはなれないが、蜜柑のあの態度には引っ掛かるものを感じた。
――― 俺が起こしにいくと、何か不都合なことでも?

あとで問質すか。
アレを渡すときにでも。
だがこの感覚、前にも確か。

『棗!誕生日には何かご馳走してや!』
『花束欲しい!』
『ちゃんとおめでとう言うてな!』

あの時の言葉が耳元で蘇る。
自身の無関心さを心配したのか、蜜柑は一ヶ月も前から傍で様々なことを言いまくっていた。
毎年なんだかんだと祝っているというのに、よほど信用がないのか。
まあ、考える手間が省けた分、ラクといえばラクだったのだが。しかしその後の会話が妙に引っ掛かった。

『忘れんといてな』
『ああ』
『それから、』
『・・・、何だ?』
『なんでも、・・・あらへん』

―――― それから、
蜜柑は、明らかに何かを言おうとしていた。しかし自分の発した接続詞に驚いたのか、
みるみる顔を紅潮させていた。

『言えよ』
『い、やや、気にせんといて』 必死にかぶりを振る。
『・・・・・』

この時もっと食い下がっていれば、何が言いたかったのか訊き出すことが出来たかもしれない。
けれど嫌がるものを強引に訊き出すほど、野暮にもなれなかった。何故なら蜜柑は、これ以上訊かないでくれと言わんばかりの
強い拒絶を身体全体から発していた。 心理的には途中で言葉を切られるという行為ほど気になるものは無いのだが。

まあ、これもまた、
後で問い質せばいい。




「ホンマに用意してくれたんや・・・」

蜜柑がテーブルの上に置かれたケーキや花束を前に、目を大きくさせ驚いている。
「ねだったのはおまえだろうが」
「そうやけど、アンタが一番用意しにくそうなものばかりやし、無理だとばかり思うてて、」
蜜柑は、遠慮がちに花束を手にとる。胸に抱くように寄せると表情から喜びが溢れた。
まるで花びらが色づいていくように顔が綻んでいる。

新年の会の終了後、蜜柑をここに立ち寄らせ、誕生日を祝うことにしていた。
あらかじめ届けさせていた様々な品に彼女は、心底感動している。

「ありがとうな。それと、・・・あの、」
蜜柑が上目遣いで見つめる。
「・・・・・・・・」
・・・祝いの言葉か。
少し言い澱んだが、しぶっていても仕方がない。
「おめでとう」
そう穏やかに言えば、また春のような笑顔を見せた。

その姿に内心で苦笑いだ。

オンナってのは、どこまでもこういうものを好む生き物だ。その単純さが愛おしい余りに男は何度でも願いを叶えてやるのだろう。自分も類に洩れず、また同じことを繰り返すことになるのか。

蜜柑は花束をそっとテーブルに戻した。今度はケーキの蓋を開けている。
「わあ、かわええな」 嬉々とした声をあげた。
生クリームをベースにしたホールケーキ。周囲には薄いピンク色のクリームで作られた精巧なバラが綺麗に飾られていた。
真ん中には英語でメッセージが書かれている。
「ウェディングケーキみたいや・・・」
蜜柑が何気に呟く。
斜め角度から見える表情は、うっとりとしていた。
何も言わずにその恍惚とした面持ちを見つめていると、彼女がふと我にかえる。
「あ、・・・ウチ、なに言うて、」
自分の言ったことに動揺している。
みるみる頬や耳が紅潮していく。
「お、美味しそう、やね」
蜜柑はこちらを見ないまま不自然に言葉を取り繕うと、何を思ったのか慌てたようにひとさし指でクリームをすくった。

細い首が上下した。
後れ毛が揺れる。
垣間見えるうなじは、あの時と同じようにうっすらと赤い。

気が付けば指先が華奢な肩を捉えていた。
後ろから包み込むように強く抱きしめる。
「・・・・・、なつめ、」
戸惑う声が届く。
クリームをすくった手が半端な位置で宙に止まっている。
その手首を引き寄せ、指先を口に含んだ。
「・・・・え、」
蜜柑の驚きを他所に舌先が指の先端に触れると、彼女の体がビクリと反応した。
「ちょっ、なつ・・・」
最後まで言葉にならなかった。その舌先の繊細な動きに身を硬くしている。
――― 甘い・・・・、
心中に湧き上がる蜜のような疼き。それと同調するような感想を頭の中に浮かべながら、口内から彼女の指を解放した。
蜜柑がひとつ息をつく。
「・・・意地悪、」 恥ずかしそうだ。「心臓がいくつあっても、・・・足りんのや」
「もうひとつあるんだろ」
「・・・え?」
蜜柑の顔がごく僅かな角度でこちらに向けられる。
「この間言いかけてたじゃねえか」
「・・・・・・・・・」
蜜柑が押し黙る。複雑な面持ちをしている。言いたいけど言えない、そんなどっちつかずの顔。
「今日だけだぞ、無理が言えるのも、」
囁くように言い、首筋に口付けた。蜜柑の身体が再びヒクリと震えた。
それに耐えるように咄嗟的に包み込んでいた自身の腕を掴む。
「もう、・・・勘弁してえな」 弱弱しい声音。
「嫌か?」 吐息をもらしながら、上気した白い肌に口付けを繰り返す。
蜜柑が小刻みにかぶりをふる。
それに微かに笑うと、蜜柑は観念したように大きく息を吐いた。
「好きだと、・・」
小さな声が届く。
「言うて・・・欲しい」
「・・・・・・・」
動きを止めた。
数秒の沈黙が流れる。
後方から見えるすべての肌が、先ほど以上に赤く染まっていた。
「・・・・・・・」
―――― 何かと、思えば、
思わず失笑する。
「な、何で笑うんや、」
「バカ」
「なんやて、」
蜜柑が勢い良くこちらを振り返る。腕を解くと正面から見据えてきた。キッと睨みつけてくる。
「これを言うのにどれだけ勇気がいったと思うてんのや」
拗ねている。口に出してしまったことを激しく後悔している様子だ。
「要するに、足りなかったってことだろ」
「・・・足りない?」 不思議そうに問う。
「いつも言ってんだろが、アレの時、」
その言葉に蜜柑が目を白黒させた。
「なんちゅうことを、」
「だけど今日は、その願いも叶えてやらねえとな」
言い終わらないうちに着物の帯紐に手をかける。複雑に結ばれていたが器用に端をほどいていく。
「ちょ、」
次は帯だ。同じように背中側の飾りを抑えている紐を解こうと手をかけた。しかし蜜柑がその手を掴んだ。
瞳を動かし彼女を見れば、今度は打って変わって神妙な顔つきをしている。
「違うんや、そんなんやなくて、」
「・・・・・・・・・」
首を傾げ、問うように見つめる。
「普通の、何でもない時に、言うて欲しいんや」
「・・・・・・・・・」
黙り込んだ。
――― そう来たか。
「・・・・だめ、・・やろか」
蜜柑は目線を少しずらした。遠慮がちに訊く。

言葉に出して何かを表現するのは苦手だし、好きでもない。
それに何故、こんな普通の時に聞きたがるのか。
確かに記憶にある限り、面と向かって言ったことはない気がするが、日常的に発するものでもない。

そんな想いが顔に出ていたのだろうか、蜜柑は、
「あ、・・やっぱり、ええねん」
と、明るさを強調して言った。
「なんやちょっと、聞いてみたいなーなんて、ほんの出来心やから」 今度は笑顔を見せた。
「・・・・・・・・・」
・・・そんな顔するな。
おまえは、
「そや、ケーキ食べへん?やっぱり誕生日と言えば、」
ケーキでしょ、と言いながら蜜柑は、テーブルの方へ視線ごと身体を動かす。
咄嗟的にその二の腕を掴んだ。驚き目線を戻す蜜柑を、正面へ向き直らせる。
――― 誕生日、
胸の内で何かが掠め去る。恐らく、あきらめというものの類だろう。
「・・・棗?」
蜜柑が照れくさそうに呼ぶ。
その顔を正面から見据えた。真摯な眼差しを向ける。
「・・・・、」
蜜柑の顔が徐々に赤く色づいていく。いたたまれなくなったのか、少し目線をずらした。
「こっち見ろよ」
「・・・・う、ん」
自身の落ち着いた声に引き戻されるように、戸惑いながら焦点を合わせた。

―――・・・・好きだ

「・・・・・・・、」
蜜柑の桜色の唇が、かすかに動いた。
陶然をした面持ちで見つめている。

静寂な空間に響いた、告白。

この言葉を聞かせるのはただひとり。
何度も言えることじゃないが、ただひとりのため、こいつのためなら、
また願いをきいてしまうのだろうか。

「蜜柑・・・」
先ほどと同じ声音で名を呼ぶと、蜜柑は瞼を閉じた。そして恥じらいを隠すように自身の胸に額を押し付ける。
その背中を抱いた。
「最高のプレゼント、・・ありがとうな」
「これで終わりか?」
「うん・・・・」
ほんのりと笑いながら頷いた。
「このまま泊まってけよ」 耳元で言う。
蜜柑が顔を上げる。
「や、・・せやけど、・・」
また俯く。耳の淵が赤い。惑ってはいるが、それ以上拒んでもいない。
これで明日は、あの目覚まし時計は必要ないだろう。
・・・目覚まし?
ふと自分が発した言葉に意識を向ける。
――― やっぱりウチ、甘夏で、
あの時の不満が、微かに首をもたげた。

「そう言えばおまえ、なんで俺よりあの目覚まし時計なんだよ」
「・・え?」
蜜柑が再び顔を上げ、忙しなく瞬きをする。
「俺より目覚ましって、・・甘夏のこと?」
「あんなしょうもない目覚まし、役にたたねえよ」 少し意地悪く言った。「いっそのこと、毎日ここで寝りゃいい」
「それは、アカン」 蜜柑が激しくかぶりをふる。「それだけはアカンねん」
「何が」 怪訝な顔で訊く。
すると蜜柑の顔がまた紅潮していく。本日何度目かわからない。
「アンタの、その声で起こされたらウチ、・・・朝から、・・おかしく」

なりそうや・・。

最後の方の声は、殆ど聞こえなかった。

「・・・・・・・」
思わずふっと笑った。
これは明日の朝の楽しみが出来たじゃねえか。

蜜柑が顔をしかめている。
きまり悪くなり、身体を離そうとした。
しかし腰に手をまわし、引き寄せ、言った。


「誕生日オプション、もう一つ、つけてやる」





fin




みかーん(笑)ハピバvv なんだけど、ちょっと追い詰めすぎたような(ダラダラ;)

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