とろけて

誕生日なんやし、何か特別なことをしてあげたいと思ったんや。
プレゼントだってちゃんと欲しいものを聞いてみたい。
せやから。

二人で歩く学園からの帰り道。
「なあ、なんかリクエストあらへん?今日は誕生日なんやし、特別に食べたいもの何でも作ってやるで」
寮の調理室も借りたし、と張り切って言うと、棗は少し怪訝な顔をした。
「おまえ、料理出来んのかよ」
「失礼な、これでもじいちゃんに仕込まれたんやで。まかせといて」
胸を張った。
「何が作れるんだ?」
「何でも、一通りは作れるんよ。だから食べたいもの言うてみて」
「・・・・・・・・・・」
棗が、じっと見つめてきた。
「・・・・・・・・・、」

――― な、また、・・や。

その瞳はいつも皆の前で見せる雰囲気とはまるで違った。
いつもの鋭さは影を潜め、わずかに目元を和ませている。彼をよく知っている人ならきっと気が付くであろう変化で、これは二人きりの時にしか見せない。付き合い始めて間もないが、そんな微妙な違いに胸が高鳴った。自分は特別なんだと素直に思えてしまうから、それが余計に照れくさいのだ。
だから、さりげなく目を逸らした。すると、
「カレー」 と、棗は一言言った。
「カレー?」
すぐに目を戻し、思わず聞き返した。随分、庶民的な食べ物を言ってきたものだ。
「もっと手の込んだもの作れるんやで。ハンバーグとか、ロールキャベツとか、」
「カレーがいい」
彼は再びそう言うと、ふっと笑って目線を前に向けた。その笑いが妙に引っ掛かって、
「信用しとらんのやろ。せやから簡単なもん言うて」
不貞腐れて言った。
「よくわかったな」
「わかるわ。もう、何や、くやしい」
「別に、俺がどう思おうが関係ねーだろ。カレーであれ何であれ、まともなものが作れれば、おまえの腕は証明される。くやしいと思うのなら、美味いの作ってみろよ」
「・・・・う、・・」
・・・もっともだ。まあ、この際、体裁に拘ってはいられない。棗が何ごともすんなり信用するタイプではないのは、判りきっていることだから。
「よっしゃ、アンタがびっくりするくらい、美味しいの作ってやるから」
気合をいれた。
棗はやっぱり微妙な笑みを浮かべていたが、そんなことをいちいち気にしていたら、彼の恋人などやっていられない。それにカレーなんて、得意中の得意なのだ。学園に来る前に何度作ったかわからない。あっという間に信用を得られる。
内心で微笑んだ。棗の驚いた顔が見えるようだ。

だが。

「なんや、ちょっと違う感じやな」
唸りながら、首を傾げた。出来上がる寸前、味見をしてみた。しかし、以前の味に近付けない。一味足りない感じだ。
「・・出来たのか」
棗が訊く。背後の調理台の傍にある椅子に腰をかけ、顔も上げずに本をパラパラと捲っている。
「うーん、」
「なんだよ、」本をパタリと閉じる。「あんなに自信満々だったじゃねえか」立ち上がり、傍まで来る。
「何か、こう、何かが足りない感じなんや」
すると棗が味見をしていた小皿を取り上げた。それを口元へ持っていく。
「・・・・・・・・な?何か足りないと思うへん?」
「別に、いいんじゃねえのか」
「いいって、」
「上出来ってことだ」 小皿を渡してくる。
「そう・・なん?」 
「ああ。腹減った。食うぞ」
また席に戻った。
「・・・・・・・・・・」
あれだけ豪語しておいて、納得がいかないけれど。これ以上粘っていても、何が足りなくて昔作った味に近付けないのかわからなかった。
それにあまり待たせるわけにもいかない。
棗がいいというのなら、それはそれでいいかと、気持ちを切り替えた。

はずだったが、・・・・。

調理室で、二人でもくもくと食べるカレー。
何とムードがないのだろう。
特別な日なのに、・・なんかこう、もっと。
だから、せめて、
「なあ、棗、プレゼント何が欲しい?」と訊いてみた。
「何も」
言いながら、スプーンを口へ持っていく。
「何もって、・・・」
これで終わり?・・・・本当にムードのかけらもない。
スプーンの動きが止まり、がっくりとうなだれた。
想像していたシチュと、あまりにもかけ離れている。和やかな雰囲気のもと、棗の好きな料理・・少なくともカレーなんかじゃなく、もっと豪勢なものを食べながら、プレゼントの相談をする。ああだこうだ言いながら、一緒に買いに行こうと話し合い・・・、そして
「なに、落ち込んでんだよ」
棗がスプーンを置きながら言った。コップに手を伸ばし、飲みながらこちらを見る。
「はあ、なんちゅうか、こんなもんかな。もっと、」
「甘い雰囲気でも期待していたのか?」
「へ?」
ドキリとする。
「や、や、その」 頬が熱くなってくる。そうとも・・言えるか。
「こんなこと言ったら、またがっかりするかもしれねーけど」
棗はコップを置き、あの時と同じ柔らかい瞳を向けた。
「本当は、カレーじゃなくてもよかったんだ。何だってよかった」
「なん、どういう」 ちょっと顔を顰めた。
すると彼は皿をどけ、少しだけ顔を近付けてくる。
「何を食べたかなんて、たいして重要じゃない。大切なのは、どんな風にそれを食べたか、だ」
「・・・え?」
「おまえが作ったもんを、おまえと食べる。そのことが何より大事なんだよ」
「・・・・・・・・」
「この誕生日に、目の前におまえがいて、同じ時間を過ごす。それだけでもう充分だ」
「・・・・・なつめ」
それは、つまり。
自分といられれば、他には何もいらないと言うことだろうか・・・、これはもしかしたら、いやもしかしなくても、すごい告白ではないだろうか。
胸が熱くなった。もうカレーなど、喉を通らない。だから気を紛らわせるために往生際が悪いことを言う。
「せ、せやかて、プレゼントくらい・・何か、・・」
「・・・・・・・・・・・」
呆れているだろうかと恐る恐る彼を見れば、少し楽しそうにしていた。
「・・・・・・・・?」
不思議そうに見ていると、更に顔を近付けてきた。
「そんなにプレゼントしたいんなら、・・」

「・・・・・っ・・・・・」


二回目のキスは、・・・カレーの味がして。

でもすごく甘くて・・・、 とろけそうだった。


誕生日だから、・・・棗の誕生日だから、何でも聞いてあげたくて。


でもこれじゃあ、誰の誕生日かわからない。


それくらい、幸せだった。




Fin




棗vvお誕生日おめでとう〜ぱちぱちvv

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