彼の特別になりたくて / stage 2


「まったく、予想通りね」
向かい側に座っているパーマが、カップに口をつけながら、蜜柑を呆れたように見つめる。
「へ?」
「なに、その顔。アンタらしくもない」
「顔って、そんなに変な顔しとる?」
「今までで、一番ブスに見えるわよ」
「なんやて?」
「す、スミレちゃん、」
野乃子が宥めるように、蜜柑とパーマの顔を交互に見る。
その彼女の慌てぶりを見て、パーマが毒気を抜くように、背もたれに寄りかかる。
「もう、いちいち大袈裟なのよ、全く。別に学校が違ったって、今井さんだって、ルカ君や棗君だって、 アンタのこと忘れたりなんかしないし、友達が終わるわけじゃないんだから」
「パーマ・・」
「今井さんなんか今だに言ってるわよ。アンタと同じところへ通えばよかったって」
「蛍が?」
「そうよ」 腕を組み、蜜柑を更に見据える。「バカがいないと、学校生活も話にならないんですって」
「・・・ほたる」
蜜柑の心に、じんわりとしたものが広がる。
彼女とはよくメールのやりとりをしているが、会話の中にそんな片鱗を伺わせるものはなかった。
それだけに余計に嬉しい。
「まあ、今井さんは棗君がいるから、必要以上にそう思うんでしょうけど」
「棗・・」 その言葉に、ドキリとする。
「あの二人は生まれながらの敵同士みたいなものだから。アンタのことがなかったら、絶対同じ高校なんて受けなかったでしょうしね」
「いえてる」
少しの笑いが込み上げる。彼らは昔から決して気が合うとは言い難かった。 蛍は、蜜柑と棗が一緒に行動することに、あまりいい顔をしなかったものだ。
「棗君は、相変わらず女の子に囲まれてるし」 テーブルに頬杖をつく。 「それを今井さんは冷ややかな目で見てるってわけ」
蜜柑の顔が、納得したようにほんの少し歪む。
「棗のモテようは、凄いんか?」
「半端じゃないくらいね」 残念そうに言う。「中学なんて比じゃないわよ」
「そうなんや・・」
蜜柑も同じように、力なく頬杖をつく。予想していたとは言え、信憑性のある情報を聞くと、やはりツライものがある。
「それに、もっと悪いことに、」
「え?」
「馴れ馴れしいのが、いるのよ、一人」
「馴れ馴れしい?」
パーマが頷く。
「棗君と同じクラスの子なんだけど、いつも一緒に行動してるのよ」
「・・・なんやて、」 胸に不穏なものが広がる。
「それもあの棗君がよ、彼女が近寄って行っても、顔色一つ変えないし、殆ど嫌な顔もしないのよねえ」 少し悔しそうに言う。
「・・・・・」

・・・嫌な顔、

なんなのかしら、あの子、とパーマが呟いている。
以外だった。
彼は男子が羨むほどの人気だったのにもかかわらず、女の子たちに対する態度は邪険な方だった。
その棗が、・・とても想像がつかない。

そんな顔を見せる、女の子って、

「あれ、・・・」
野乃子の声に引き戻され、隣にいる彼女の顔を見る。
すると彼女は、窓の外をやや驚いたように見ていた。
パーマも同じように気が付き、ほぼ同時に窓の方へと目をやる。
「棗君・・・」
不思議そうな野乃子の声とともに、ウィンドウの向こう側を棗が通り過ぎて行った。
だが、様子が尋常じゃない。
彼は走っていたのだ。
「なつめ?」
蜜柑が思わず席を立ち、その姿を目で追う。
すると、少し先を髪の長い少女が走っているのが見えた。
更に窓に近寄る。
と、直後、信じられない光景を目の当たりにする。
棗が手を伸ばし、その彼女の腕を掴んで引き寄せたのだ。
いや実際には、掴んだ拍子に倒れこんだのかもしれない。
彼女が彼の胸にひたいをつけ、縋るように寄りかかっている。

・・・・なに?

彼らの周りが、騒然としていた。
抱擁にも見えるその姿に、すれ違う人々が振り返りながら見ている。

・・・なつ、め?

「あの子・・・、」 パーマが、驚いている。「さっき話してたクラスメイトの、」

・・・クラスメイトの、

「棗君があんなに必死に誰かを追いかけるなんて」 信じられないといった声音で言う。

そうだ、彼はどんな時でも追いかけるのにはなく、追われる立場だ。
これまで、そんなシーンは一度たりとも見たことがない。

「・・・・・、」

窓に触れていた、両指先に力が入る。

刹那、蜜柑の中に言い知れない不安が一気に押し寄せてきた。

なつめ、

呼吸をするのを忘れている。
息が、・・・・苦しい。


・・・その子、・・・・誰なん?



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