You dislike it /stage 1


「バーカ、そんな問題も解けねえのか、おまえ」
「うるさいわ!ほっといてえや」
「隣にいると、バカがうつりそうだな」
「なんやと〜〜!!棗!!!!」


『アンタなんか、きらいや。』


「蜜柑、また棗君と喧嘩してたわね」
「ああ・・・ウチ、あんなヤツの隣はイヤやわ・・・」
昼休み。机の上で突っ伏している蜜柑に親友の蛍が話しかけてきた。
「あんた達はくされ縁だから、あきらめるしかないわね」
「・・・・・」
これには、言葉も出ない。蛍が意味深な笑みを浮かべる。
何度席替えをしても、棗から離れることはなかった。一番離れている時で、斜め後ろ、それ以外はいつも隣なのである。決め方はくじが殆どだが、時々担任の鳴海が決めるときもある。なんの策略か知らないがこれだけ一緒だと、もう言葉なんかでは表現出来ない領域だった。
蜜柑は僅かに顔を上げ、窓際を見る。彼は何やら楽しそうに皆と話をしていた。
何で、ウチにだけあんなに冷たいんや。
蜜柑は、恨めしそうに少年を見つめた。

―――― どうせウチはバカや。

ここは、某市立小学校6年2組。そこらへんにある普通の小学校だ。
そしてブツブツ棗に文句を言っているのが、佐倉蜜柑。顔は中の上、体育と家庭科が得意だが頭は滅法悪い。成績は下から数えた方が早く、一時期ついたあだ名が「ドベ」。
一方、隣の席に座る日向棗は、彼女とは正反対である。容姿端麗、成績優秀。運動神経も抜群で、何でもソツなくこなす。もはや彼の人気は学校の中でbPだ。 ちなみに蜜柑の大親友蛍も、他に類を見ない美少女だ。頭も良く、手先が並外れて器用なため色々なものを作り発明しては、特許を得て稼ぎまくっている、 スーパー小学生なのだ。
このクラスには、他にも並ではない子たちが顔を揃える。棗の親友ルカは、金髪が綺麗な美少年で3ヶ国語を操る帰国子女だ。それからモデルの陽一、将来を嘱望されたピアニストの櫻野、全国ジュニアサッカーユース選手の翼など次々名前が出るほど、粒ぞろいのクラスで、これのどこが普通の小学校なんだとツッコミをいれたくなる。だから蜜柑は、自分の平凡さ加減がイヤをいうほど身にしみているのだ。
人間は比較し、落ち込む生き物だ。
「あんなやつ、きらいや・・・」蜜柑がげんなりしている。
「本当にきらいなの?」蛍が棗の席に座りながら問う。
「なんでそんなこと聞くんや」
「あんたを見てれば、誰のことが好きなのかくらいわかるわよ」
「な、なんなんそれ」蜜柑がうろたえる。
「なんなんでしょうね」
またもや蛍が意味深な笑みを浮かべる。蜜柑は彼女とは反対側に顔を向け、この危険なやりとりを回避した。実はそれが唯一の厄介ごとだったりするからだ。

棗は何かにつけ蜜柑に意地悪をする。スカートめくりは日常茶飯事だし、彼女を呼ぶときはツインテールの片方の髪を必ずひっぱる。テストの点はいつもバカにするし、顔を見れば、アホだの水玉だのきちんと名前など呼んだためしがない。要するに、まともな扱いなどされたことないのだ。
なのにだ。
彼の隣にいると時々ドキドキするのだ。
それは何故かと言えば、こんなヤツでも、ごくごくたまに優しい時もあるからだ。
例えば、先日蜜柑が風邪で3日休んだとき、こっそりノートをとっていてくれたらしく、さりげなく机の中に入っていた。また、担任に運ぶよう頼まれた大量の本を四苦八苦しながら持っていると、なんだかんだとちょっかいをかけながらも手伝ってくれたりする。そして極めつけがあの瞳だ。授業中、何気に隣を見ると、ふと目が合うときがある。そのときの彼の眼差しは、信じられないくらい優しい目をしている。普段はひどいヤツなのに。蜜柑は、棗が時々見せるほんの少しの優しさにグラついてしまう。そのギャップに弱いのだ。

―――― ホンマにきらいになれたら、どんだけラクか・・・

ふうと溜息をついたとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「ええと、本来ならば5時間目は国語ですが、今日は修学旅行のグループ決めをしたいと思います」
午後のひだまりに包まれた教室で、鳴海が言う。
蜜柑の学年は、一ヵ月後に修学旅行を控えていた。
「ではまず、リーダーから決めたいを思います。自薦、他薦どちらでもかまいません。誰かやってみたいと思う人がいたら、手を挙げて下さい」
これに早くも数人が手を挙げた。いずれも女子ばかりである。
「ええと、正田さんと原田さんと、宮園さん、・・・で5人が立候補ですね」
途端にリーダー候補の5人が火花を散らす。この女子は全員、棗をはじめするイケメン狙いだ。
グループ決めはなんだかんだと揉めるのがつきものだが、最後にはリーダーの意見が物を言うことがあり、彼女らはそれを見通して、自ら先手を打ったのだ。
「ではあと一人、誰かやってみたい人はいませんか?推薦でもいいですよ」
教室中、それぞれがあたりを見回す。だが、誰からも反応はなかった。
「仕方ないですね、じゃあ、あと一人は僕が指名、あ、棗君どうぞ」
突然の棗への名指しに、蜜柑が隣を見る。すると、無関心そうに本を読んでいた彼が手を挙げていた。まさか、自分がやるんか?

「水玉」

水玉。

なに?

クラス中が騒然となる。そして蜜柑はと言えば、あまりの驚きに声が出ず、口をパクパクしている。
―――― な、な、な、なにを

「・・・なつめ、何言、て、、」蜜柑の声がうまく言葉にならない。
「うっせえ。たまには、そーいうこともやってみろ」ページをめくりながら、顔も上げずに棗は言う。
「たまにはって、あんた、こういうのは向き不向きがあって、」
「ええと、じゃあ蜜柑ちゃんだね」
蜜柑が最後まで言い終わらないうちに鳴海が決定とばかりに少女の名を言う。
「先生っ」蜜柑が、立ち上がり抗議姿勢に入る。
「蜜柑ちゃん、棗君の言うとおり、たまにはこういうことを経験しておくのもいいと思うよ。男の子のリーダーがいないのは残念だけど、うちの女の子はしっかりさんが多いから、彼女たちと協力してがんばって」
ねっ、と鳴海は、満面の笑みを浮かべながら蜜柑に有無を言わせない。せやけど、という 必死の抵抗を示す接続詞すら虚空に消え、がっくりうなだれた。

―――― なんで、こうなるんや・・・・。

リーダーとか委員長とか、そういう名のつくものには、極力かかわらないようにしてきた。いや、かかわりたくないし、今まで自分にそういう矛先が向いたことなど一度もなかった。

―――― 棗のヤツ、・・・

いくら好きでも、やっぱり割に合わないと思う。自分の意思とは関係なく、物事が決まっていく。
それには大抵、棗が絡んでいる。そして必ず鳴海は賛同する。この担任は、何か彼に弱みを握られているんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
脱力しながら、椅子の背もたれに身をまかせる。
それを何気に棗が見ていたことなど気付きもせずに。


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