隣に在る確かなぬくもり


温かい体温と柔らかな感触で目が覚めた。
薄暗がりの中、隣を見れば、どこかあどけなさが残る顔つきで彼女が眠っていた。
体を丸め、腕をこちらにまわしている。

帰れと言ったのに、結局帰らなかったのか―――。

まだ熱はあるが、頭はだいぶクリアになっている。
棗は、蜜柑の顔を見ながら、眠る前のことを思い出す。

あれは夕食後のことだった。
通常どおり食事を終え、席を立とうとした時、急激な眩暈に襲われた。
当然のことながらバランスを崩し、椅子に手を付いたが、ふらつく体に抗えず崩れるように
床に倒れこんだ。
自分の名を呼びながら、ルカや他のやつらが駆けつける音が聞こえる。
朦朧とする意識。
ここからは断片的にしか、憶えていない。
多少の熱があることは自覚していたが、普段からの慢性的な体調不良のせいであると思っていた。 完全に油断していたのだ。
次に気が付いたときには、自室のベッドの上に寝かされていた。
どうやら入院は免れたらしい。
周りで密やかに話す声や、足音が聞こえる。
かすかに瞼を開ければ、白衣姿の人間が2〜3人見えた。 そしてドア付近に蜜柑とルカが立ち、
コトの成り行きを見つめていた。
蜜柑が蒼白な顔色をし、立ち尽くしている。それを支えるように、ルカが肩に手を回していた。
かなり密着している。
「日向君、注射しますからね」
看護士の声が耳に響く。そんなことを意に介さずに、ぼんやりと彼らを見つめ続けた。
蜜柑がたまらずルカの肩に顔を寄せている。
かなり心配をかけているということは、この頭でも理解できた。
自分があんな顔を、あんな姿をさせているのだ。
だが、―――。
ルカにあんまり、くっつくな。
そう意識の底で思いながら、重い瞼を閉じた。
それからは、覚醒と睡眠の繰り返しだった。ただ覚醒と言っても、完全に目が覚めるのではなく、
あくまで半覚醒状態だ。
その繰り返しの最中、どこかで蜜柑と少しの会話をしたのを記憶している。
彼女は、医者たちが帰った後もここに残り、ずっとそばにいたのだろう。
薄く瞼を開けると、心配そうな瞳がこちらを見つめていた。
「棗、大丈夫?」
「・・・ああ」
「喉、渇わいてへん?」
「・・・ああ。・・それよりおまえ、もう、部屋に戻れ」
「部屋にもどっても、心配で眠れへんよ」
「うつるぞ・・・」
そこまで言うと、突如寒気がした。まだ、体温は上がり続けるようだ。
「なつめっ、寒いんか?」
「いいから、おまえは・・・やっぱり部屋に、もどれ・・」
「・・・っ・・」
蜜柑が、何か言っているようだったが、そこからまた気が途絶えた。
そして今に至る。

傍から見ていても、かなり酷い悪寒に見えたのだろうか、隣に蜜柑がいるということは、
彼女の体温で一時的に体を温めてくれたのだろう。
様子を見に来た看護士は、隣に蜜柑がいるのを見て、驚いていたに違いない。

棗は体を、僅かに少女の方へ向ける。
そして布団から手を出し、彼女の頬に触れた。
すると蜜柑が、うっすらと笑みを浮かべる。
どんな夢をみているのか、棗はその幸福に満ちた顔を柔らかい目で見つめた。

しかし、その時間は長くは続かなかった。

「・・・んっ・・・翼先輩・・・あかんって・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

棗の眉間に深い深い皴が刻まれる。
こいつは、恋人の隣で他の男の夢を視ている。
アカンってなんだ?そこで何をしている―――?
それも寄りによってなんでカゲなんだ?これがあのエロオヤジなら、もっと最悪だが。
彼の耐性のない神経が、風邪のせいもあり、縄が擦り切れるように急激な速さで細くなっていく。
ルカに寄り添っていたときといい、こいつはどうしてこうも自分を苛立たせるのだろう。
行動や夢まで、束縛するなんて馬鹿げてる。彼女が、どんなことをしようが、 どんな夢を視ようが
そんなのは勝手なのだ。
わかっている。
そんなことは、わかっているのだ。
自分は、充分に彼女から愛情を注がれている。何を恐れることが、あるのだろう。
だが、理屈じゃないのだ。この感情は、どんな説明もつかない。
起こしてやろうか・・、―――。
このままじゃ、気持ちが治まらない。他の男の夢なんて、言語道断だ。
「おい、」
「なつめっ、」
棗が、ビクリとする。蜜柑が、同時に名を呼んだからだ。
しかし瞼は閉じたままだ。
眠っているのか・・・?
すると今度は、体に回されていた腕に力がはいった。
「なつめ、・・・」
「・・・・・?」
「・・・・・ひとりで、・・・」
表情が、たちまち歪む。
悲痛な面持ちに変化していく。
―――― ひとり・・・で?
「・・・ひとりで」
ますます辛そうな顔をしている。
何を視ている―――?
棗の感情に、不安の色が加わる。
これは先ほどと違う意味で、一度起こした方がよさそうだ。
少し身を起こし、肩に手をかける。
だが途端に、蜜柑がその腕をぎゅっと掴んだ。
「・・・・・・何もかも・・・」
棗が息を殺す。

「・・・食べるなんて・・・、ズルイやろ・・」
「・・・・・・・・・」

蜜柑の腕が、ストンと布団の上に落ちる。
聞こえるのは、静かすぎる音と少女の寝息。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

この世にはたくさんの言葉が存在しているらしいが、生憎どんなものも今は浮かばない。
ただ脱力感だけが、体を駆け巡っている。

頭を、力なく枕に沈める。
もう、どうでもいい、そんな気分だ。
所詮夢なんて、なんの脈略もない話が繋がり訳がわからないものだ。

勝手にしやがれ。

・・・・畜生、頭がズキズキしてきやがった―――。

だが強引に瞼を閉じようとした時、蜜柑が柔らかい体を更に寄せてきた。
そのあたたかみが、絶え間なく伝わってくる。
頬に、サラリとした髪がかかっていた。
棗はふて腐れた気持ちをそのままに、指先を伸ばすと、その髪を除けてやる。
現れた寝顔は、言いたいことを言ってスッキリしたような安心したような、そんな顔をしていた。

・・・能天気な顔だな――――。

棗が、苦笑を滲ませる。

なんだかんだ言っても、こいつにはかなわない。
たかが夢一つであっても、自分の心を動かせるのは、彼女ただ一人なのだ。
それが、どんなにくだらなくても。

ふたたび、瞼を閉じる。

さて、翼の夢のお仕置きは何がいいだろうか。

棗は、蜜柑の体のぬくもりを感じながら、密かにほくそ笑む。

楽しみが出来たな。

―――― 覚悟しとけよ。



Fin


*あとがき*

お題の印象からすると、もっとしっとり感のあるお話になるはずが・・・・、また別の世界へ(笑)
なので、切な系もかいてみました。途中、「・・・ひとりで」ぐらいまでは同じで、その後の展開を
変えてあります。こちらからどうぞvv


inserted by FC2 system