「ここ?」
「うん、ここ」
蜜柑は目をこすり、何度か瞬きすると、もう一度建物を見上げた。3階建ての白壁のビル。 看板には「学法ゼミナール」と記されている。
唖然とする蜜柑の視界の端で、蛍がフーセンガムを大きく膨らませていた。ゆっくりと首を彼女の方へ向けると、それは小さくしぼみ始めた。
「アンタと同じとこやないって、いうてたよね?」
「うん」
「けどここ、アンタの塾やん!何考えとるん」
「まあ、着いて来なさいよ」
蛍は前を向いたまま、ビルの入り口に向かって歩き出した。
「ちょ、蛍、」
蜜柑は戸惑い、身体を小さく揺らした。キョロキョロと辺りを見回すと、腰をかがめ、蛍の後に続く。
―――― なんなんよ、もう、
蜜柑は背筋を伸ばし、凛と歩く親友の背中を見ながら、眉間に皺を寄せた。こんな場違いなところ、恥をかくだけだ。身を置くのも忍びない。
あの時、彼女の言葉につられて、塾の紹介なんか頼むからこんなことになるのだ。どうせまた何かを企んでいるのだ。それは長い付き合いの中で分かり切ったことなのに、どうしてだか彼女の誘いは断れない。こういった場面は何度でも訪れる。要するに蜜柑が馬鹿なのだ。

蛍とは長い付き合いだ。知り合ったのは幼稚園の頃であった。小学校までは同じ学校へ通っていたが、中学からは学区の違いで別々の所へ進んだ。けれど友人としての仲は変わらず続いていた。幼い頃から既に大人びていて、どこか冷めた雰囲気を醸し出していたが、人一倍不器用な蜜柑の傍にいて、常に支えてくれた彼女は、かけがえのない親友だ。
そして恐らくそれは、蛍も同じ気持ちだ。
何故なら蛍は、進学する高校を決めるとき、何のためらいもなく蜜柑が受験する学校を選んだのだ。
彼女の賢さは昔から並外れていた。当然瀬田高に余裕で合格することが出来る実力だ。それを微塵の迷いもなく蜜柑と同じ高校に決めた。今の学校とて決して程度が低い訳ではないが、レベルの差は歴然たるものだ。
そんな親友の選択に当時の蜜柑は面食らい、説得にかかった。瀬田に行ける実力があるのに、何故わざわざ同じ高校にするのだ、と。
けれどそれに対する蛍の答えは、たった一言だけだった。
<面白そうだから>
蜜柑は二の句が継げなかった。面白そうだから、というその言葉は蛍の口癖で、それは決まって蜜柑と何かがある時に発せられたものであった。こんな時の彼女は本当に楽しそうで、既に頭の中であれこれと何かを想像しているときだ。この場合は明らかに蜜柑との学校生活であった。こういう場面を何度も目の当たりにしてきた蜜柑は、こうなったら既に手遅れであることを理解していた。
そして聡い親友のこと、何の計画性もなくただ過ごすはずがないことも。その証拠に彼女はこのビルに入っている進学塾に通い、全国模試で常に上位をキープしている。

蛍はビルの中に入るとホールを横切り、事務室へと向かった。受付で声をかけると、蜜柑の名前を申し出、書類を受け取った。そしてふたたび戻るようにホールを横切り、出入口近くにあるエレベーターへと向かう。
蜜柑は入ってきた時と同じ姿勢のまま、ちょこまかと蛍の後を付いて回っていた。出入りする生徒はそんなに多くはないが、妙な体勢で移動する蜜柑に誰もが目を走らせている。
「ちょっと、蛍、どういうつもりや?」声を潜め訊いた「こんなところ、ウチが来るところやないって」
蛍は、ふっと笑みを浮かべた。エレベーター前に立つと、下降ボタンを押す。
「なに笑っとるん」
蛍は蜜柑の方へ顔を向けた。
「心配しなくても大丈夫よ。アンタが行くのは地下だから」
「地下?」
蜜柑は首を傾げた。そしてエレベーター脇の壁にある案内板に目をやった。
1階は今いる場所で事務局、2階はスタンダード、3階はハイクラスと表示されてあるが、地下は空白になっている。
「地下になんて何もないやん」
「ああ、一般募集してないから。この塾生の口コミでしか入れないところだし」
「な、何なんそれ、」
額にじわりと冷たい汗が滲んだ。
「少人数制で、指導には定評があるわ。ちょっと辛いかもしれないけど、これで卒業試験も安泰よ」
とても嫌な予感がした。ちょっと、ツライ?
「蛍、ウチやっぱり、」
下降ボタンの灯りが消え、エレベーターの扉が静かに開いた。それに一瞬視線を動かすと、同じタイミングで背中を押された。ややつんのめるように中へ乗り込む。すぐに身を翻えすも、既に扉が閉まり始めていた。隙間から書類がふわりと飛んでくる。
「ほたる!」
書類をキャッチすると完全に閉まった。間際、「頑張るのよ」という蛍の声が聞こえた。
「ああ・・もう、わけわからんし・・!」
蜜柑はうなだれ、そのまま扉に額を押し付けた。どうしてこういつも彼女のペ―スにばかり乗るのか。
「気の毒だね」
ビクっと、身体がはねた。背後からの声。誰か乗っていただろうか。
恐る恐る後ろを振り返ると、隅に身を預け、腕を組み、寄りかかるように人が立っている。
「キミもおもちゃのひとつ?」
男の人だ。大学生ぐらいだろうか。長身で、目鼻立ちが整った小さな顔。そして細いフレームのメガネ。いかにも理知的な雰囲気。
「あの、」
「着いたよ」
扉が開いた。反射的に前を向いた。とても薄暗い。思わず体が強張る。
けれど蛍の強引さとは打って変わったやんわりとした手つきで背中を押され、外へ降りた。
まるで廃校舎のような陰気臭い空気。今にも幽霊が出そうだ。
「こ、ここは、」
「無名クラス。一度入塾した生徒は、上階にあるクラスに昇格するまで原則として辞めることが出来ない。別名、」
蜜柑はごくり、と喉を鳴らした。
「べつ、名・・?」
「地獄クラス」


ゆっくりと背筋を伸ばすと、背骨がポキポキと音をたてた。
蜜柑は思わず、いててと声を出す。あの椅子、最悪に座り心地が悪かった。今時まだあんな硬い木製の椅子を使用しているとは、さすが落ちこぼれコースだ。もし生徒の学力で備品の質まで合わせているのならあんまりだ。これからも通い続け、何時間も座っていなくてはならないことを考えるとうんざりする。
首を左右に動かし骨の音を聞きながら、片手で腰に手を添えた。もう片方の手を壁につき、身体を支えていると、目の前でエレベーターの扉がすっと開いた。ノロノロと乗り込む。閉のボタンを押すと、徐々に狭まる眼前の風景にため息がでた。薄暗い廊下と教室。完全に隔離された空間だ。最悪という言葉しか頭に浮かばない。
一緒に降りたあの男の人は、結局講師だった。名前を名乗られたような気がするが、塾の雰囲気にのみ込まれ全く覚えていない。
生徒は蜜柑だけだった。今日は入塾にあたって、どれほどの実力かを判断するためのテストが行われた。結果は言うまでもなく、殆どが空白だった。
それにより、あの講師の空気が冷やかに変化していくのをみてとれた。蜜柑はその変化に胃がキリキリと痛んだ。まるでこれから先の地獄を意味しているかのように。
蛍は、蜜柑のこんな反応を楽しむためにここに連れてきたのだ。頼んでしまった手前大きな態度もとれないが、文句のひとつも言わなければ気が済まない。
エレベーターが止まり、扉が開いた。先程とは比べ物にならないくらいの光で満たされていた。眩しさにやや目を細め、降り立つ。
だが様子が違うことにすぐに気が付いた。ここは1階ではない。すぐに後ろを振り返り、壁に表示してある数字を確認した。
「3階?」
思わず声に出して呟いた。どうやら階ボタンを押し間違えてしまったようだ。自分自身のそそっかしさにやや呆れながらも、ふとこの階が蛍の在籍しているクラスがあることに気が付いた。ふたたび前を向き、そっと様子をうかがう。白を基調とした明るく、広い開放的な廊下。向かって左側の窓列からは淡い夕陽が差し込み、綺麗に磨き上げられた床を照らしている。
地下とは雲泥の差だ。やはりここの塾は、生徒の実力によって待遇が変わるのだ。授業料の他に設備費だってしっかり払わされるはずなのに・・・、蜜柑は顔をしかめる。
静かに歩を進めてみると、右側に3つ教室が並んでいた。だが今使用されているのは、一番奥だけのようだ。かすかな声が聞こえる。
そのまま忍び足で、教室の中が見える位置にまで移動した。すると瀬田高の制服に混じり、蛍が頬杖をつきながら授業を聞いている姿が見えた。
(ほたる!)
声には出さず、大げさに腕を動かし、手を振った。あんな目に遭わされても、やはり蛍を 見つけると嬉しくなる。
だが次の瞬間、その腕をピタリと止めた。蛍の左隣。同じく頬杖をつき、窓の外をぼんや りと眺めている生徒。
あれは――――、
「ちょっと、キミ」
いきなり肩を叩かれた。はっとし、振り返る。
今度は金髪の男性。妙に派手な顔立ちだ。
「このクラスに新しく入る子?」
「い、いえ、違います、」顔の前で小さく手をふった。
「違うの?あ、もしかして誰かに用事?」教室の方へ目をきょろきょろと動かしている。
「や、その、・・すみませんでした!」
蜜柑は勢いよく頭を下げると、そそくさと逃げるようにその場を後にした。背中に視線を感じるが、とりあえず今はいち早く退散するのが先決だ。
ふたたびエレベーターの前に立ち、下降ボタンを押した。心臓が静かに波打っている。しかしこれは、今の焦りに対するものだけではない。
棗がいるなんて。待ち伏せ以外で彼の姿を見るのは初めてだった。机に向かい、ぼんやりと窓の外を眺めている姿は中学の時を思い出す。懐かしい。
顔がニヤける。ここでも棗に逢えるなら、こんなに幸せなことはない。むしろ嬉しすぎる。憂鬱なことばかりでもないじゃないか。蛍も水臭い。棗と同じ塾に通っているなら早く教えてくれればよかったのに。こんなサプライズを用意して、気を利かせてくれてたなんて・・・ん?
ダメだ。そう浮かれてもいられない。棗に逢える回数が増えるということは、ここに通う蜜柑の存在がバレる可能性があるということで、イコール在籍しているクラスが地下だと知られたら。
蜜柑は、ガクリとうなだれた。
エレベーターが到着し、扉が開く。蜜柑はふたたび足取り重く乗り込んだ。
また蛍にしてやられた。彼女は、棗と鉢合わせしたときに青くなる蜜柑の反応が見たいのだ。だからあえて黙っていたに違いない。
喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか。
蜜柑は、もう何度目かわからないため息をついた。


「そうやって1日中、ぶつぶつ言ってる暇があったら、さっさと上のクラスにあがって来ればいいじゃない」
蛍はカバンに教科書を無造作に突っ込むと、席を立った。
「そんな簡単なことやないもん!」
蜜柑は隣の席で口を尖らせ、抗議した。昨日の塾のことについて、朝から蛍に問い質し ていた。同じく帰り支度を終えると、さっと横を向き、じっと彼女を睨む。
「ウチで遊ぶのいい加減やめて欲しいんやけど」
「誤解よ」
「この後に及んで・・地下クラスといい、棗と同じ塾といい、ウチの反応みるのが楽しいだけなんやろ?」
「棗君に逢える回数が増えるんだし、本当は嬉しいでしょ?」
「そりゃ、ちょ、そんなやない!」
「まったく、こんなところに皺よせてると、」蛍は蜜柑の眉間に人差し指でふれた。「ブスが更にブスになるわよ」
「なんやて?」
「卒業試験、パスしたいんでしょ?」
「・・・まあ、そうやけど」
蛍は指を外した。
「欲しいものがあるなら、努力しないと。棗君にしたって」
「棗?棗は、・・・ムリ。努力しても手に入ったりしいひん」
「そんなのわかんないじゃない。もしかしてまだ気にしてるの?女は懲り懲りってやつ」
「それは・・少しは。でもそうじゃなくても無理」
「なんで決めつけるのよ。理由は?」
「とにかく無理」
蛍は困ったように微苦笑した。
「何かをやる前から、出来ない出来ないって決めつけてたら、何も手に入らないわよ」
「蛍には、出来ない人の気持ちがわからんのや。だからそうやって簡単に何でも言ってのける」
蜜柑は話を切るように勢いよく立ち上がった。するとため息が聞こえた。
「なに、そのため息」
「別に。早く瀬田に行ったら?間に合わなくなるわよ」
蛍は背を向けると、教室の出口へ向かった。
「ウチ、やっぱりあの塾やないところに行く。恥さらすだけやし」
背中に向かって叫んだ。
蛍は立ち止まり、少しだけ振り返った。
「好きにしたら」

ペダルを踏む足にいつもより力がはいった。何やら無性に割り切れない。
やる前から出来ないと決めつけるのは、おかしいとわかっている。無理だ無理だと繰り返す自分が正しくないことぐらい、理解している。けれどこのどうしようもない自信の無さがいつも壁になり、今までも前に進めなかった。
けれど蜜柑の気後れは何も生まれつきというわけではない。
勉強は人一倍努力しても物覚えが悪く、恋に関しては小学生の時、ある男の子に夢中になり告白したが、手痛くフラれてから臆病になった。
以来、挑戦する前から最悪の結末ばかりを考えるようになり、どこまでもネガティブだ。蛍は何だかんだと理由をつけ、逃げ回っている蜜柑がもどかしくて仕方ないのだ。やりかたはどうであれ、勉強のことにしても、棗のことにしても、彼女なりに心配しているのだろう。
蜜柑だって変わりたいとどこかでは思っている。思っているが、やはり怖くて一歩が踏み出せない。
瀬田高が見えてきた。
この坂を上り続けているだけでは、これ以上棗に近づくことは出来ない。そんなことは重々わかっている。
生徒が校門から出て来た。いつもの場所に自転車を止めた。目を凝らし、校門を見ていると、程無くして棗たちが出てきた。ポケットからハンカチを取り出し、掲示板の陰に隠れる。
話し声が近づき、棗たちが路地前を通り過ぎていく。彼の背中を目で追いながら掲示板の陰から抜け出した。壁に身を貼り付け、親友の話を聞く横顔を覗き見る。
横顔、かっこええわあ。
顔が、ほわわんと緩む。これ以上進展がなくても、こうして姿を見られるだけで充分幸せだと感じる。少なくとも傷つくことはない。
けれどこの生活がいつまでも続く訳ではない。あと半年もすれば卒業だ。そうしたら、もうこうして彼を追いかけることも出来ない。
棗の背中が徐々に遠ざかっていく。
「・・・ウチは一体どうしたいんやろう」
思わず声に出して呟いてしまったその時だ。棗がふいに足を止めた。後ろを振り向き、校舎の方に目を走らせ、親友たちに何かを説明し別れた。こちらに引き返してくる。
「なんで、」
思わぬ展開。忘れ物でもしたのだろうか。蜜柑はサッと塀の陰に隠れた。このままでは見つかってしまう可能性が大きい。その時はどう言いわけをすればいいのか。
考えている間はなかった、棗はもう近くまで来ている。
数メートル先にあった電柱まで走った。しゃがみ込むと背中を向ける。
棗の気配と足音が近づき、路地前を通り過ぎていく。蜜柑は足音が遠ざかるまで、じっと身を潜めていた。心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
恐る恐る後ろを振り返り様子をうかがった。もう気配はない。どうやらうまくやり過ごせたようだ。蜜柑はひとつ息を吐くと、立ち上がり、静かに壁際へ移動し、そっと顔を出した。
「ひぃっ」
奇妙な声と共に、一瞬にして全身が固まった。
「・・・よう」
至近距離にある紅玉の瞳。壁際に寄りかかり、待っていましたと言わんばかりに蜜柑を見ている。
頭が真っ白になり、硬直したままの身体を巻き戻すように引っ込めた。すると微かな笑いと共に棗が追ってきた。蜜柑は壁際に身体をくっつけ、不自然な直立姿勢のまま、ぎこちなく片手を挙げ、どこかのおばちゃんよろしく作り笑いを浮かべた。
「あ、はははは・・・ぐ、偶然やね?元気、やった?」
「まあ、そこそこな」
「それは、よかったね〜」
声が裏返った。
「あ、・・・今、帰り?瀬田っていつもこんな時間に終わるんや〜そうなんや〜」
何を言ってるんだか。
「勉強は?頑張ってる?棗はむっちゃ頭いいから、頑張らなくても大丈夫か」
「いや、そうでもねえよ。そんなことわかってんだろ」
「えっ・・・?」
「ほぼ毎日ここに通うだけでは足りずに、今度は塾にまで追いかけてきたのか?」
う。・・・知ってる。
「は・・はあ?何、言うてるの?ウチは今日たまたまここに来ただけで・・それに塾って何やろ?」
往生際悪く言い繕ってみるも、棗は、蜜柑が頬被りしているハンカチをじっと見つめ、また微かに笑った。どうやらあれこれ並べても時間の無駄のようだ。
蜜柑はこめかみに手で触れると、そのままハンカチを取り払った。手のひらでそれを丸めると、いたずらをして叱られた子供のようにやや俯いた。
「ごめん・・、なさい」
「何に対して謝ってんだよ」
「ずっと・・・待ち伏せしてたこと。・・もう、しいひんから」
「オレは別に嫌だとは言ってない」
蜜柑は顔を上げた。
「・・・・ホンマに?」
棗は瞬きで頷いた。
「じゃあ、これからも、」
棗はそれには答えずに両腕を組むと、ちょっと空を仰いだ。今日は薄曇りだが、うっすらと夕焼けが混じっている。彼は目線を戻した。
「どのくらいだ?」
「え?」
「オレのこと。どのくらい、本気だ?」
唐突な質問。なんていうことを訊くのか。
「・・・どのくらいって、」
かなり、半端なく、どうしようもないくらい。そんなこと言えるか。
「中学から数えるとかれこれ4年。雨風厭わず通い続けてたから、わかるもんはわかる。けどおまえはこの距離から近づいて来ようとはしねえし」
「・・・・・・、」
言葉が出ない。まさか好きな相手からこんなことを言われるとは。棗は何を考えているのだろう。
「相変わらず相手の気持ちを優先しているのか、それともただ奥手なだけなのか」
戸惑い、思わず目を逸らした。すると棗は、蜜柑の顔のそばの壁に手をついた。鼓動が跳ね上がった。
「ちゃんと、こっち見ろよ」
低く、落ち着いた声。緊張している子どもを宥めるような声。
「一体、どうしたい?」
――― ウチは、棗と、
蜜柑は、ゆっくりと瞳動かし、棗と焦点を合わせた。
「・・・オレが好きなら、」
棗は、顔を近付けた。
「本気で獲りに来い」

ハンカチをぎゅっと握りしめた。
蜜柑は棗の顔をマジマジと見つめた。
だが彼の瞳の中に偽りはなかった。






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